ウツへの向き合い方

最近多いですよね。ウツになっちゃう人。皆さんにとっても決して他人事ではないと思います。私も会社や友人、そして身内にもそういう人たちがいます。私も今はウツなんて無縁と思ってますが、状況が重なれば誰でもなり得るのが心の病気なんでしょうね。大事なのはそういう問題を抱えている人にどう接するか、です。

昔オシム監督が「ライオンに追われているウサギが肉離れを起こしますか?」という名言を残しました。まあこれは普段から正しい準備をしておきなさいという意味だったようですが、私なんか感覚が昭和なのでウツとかに対してどこかで甘えなんじゃないのかという思いが払拭できませんでした。考えを改めないといけないなと痛感したのは、息子のひと言でした。「俺、ウツの気持ち分かるで」と。

そうなんですよね。息子が中学生の時、私の所為で難しい状況に追い込まれてしまい、本人にとても苦しい思いをさせてしまいました。その時どうしたかと尋ねると、「俺は逃げたからな。それで助かった」と言ってました。なるほど。確かに、色んなケースを目にしますが、結論としてはストレスの源から距離を置く、逃げる、しかないかもしれません。

昔は、それこそ食うや食わずで生きることに必死な時代が続き、こういうデリケートな問題に向き合う余裕がなかったのでしょうね。だから、沢山あった心の問題にちゃんと向き合ってこなかった。昔から日本にも自殺者は沢山居たわけですから、問題がなかったわけではないんですよね。ある意味日本が豊かになって、衣食が足りる余裕のある社会になったからこそ、センシティブなテーマが大事になってきたということでしょう。

悩みの原因は、経済的なもの、病気、などもあるでしょうが、一番大きいのは人間関係でしょう。職場はまだマシな方で、極端な話、辞めてしまえばいい。最もタチが悪くて対処が難しいのが、身内との関係な気がします。夫婦関係もありますが、親子が揉めると本当に大変。簡単に縁が切れないから、逃げるに逃げれない。深刻です。

私のアドバイスは、それでも逃げろ、です。多くの人は真面目で責任感が強く、そして自分が良い人と思われたいと強く思っています。これが曲者で、シンドイのに頑張っちゃうんですよね。そしてますます深みにはまる。だからヤバいと思ったら、早い段階で距離を置く。リカバリーできないと思ったら、逃げる。これしかないんだと思います。

少なくとも、ウチの会社ではそういう状況を起こしたくない。もし起きたら、それは環境をリセットするしかないでしょうね。幸せになるためにみんな頑張って働いてるんですから、職場が苦痛というのは耐えられません。みんなが笑顔で楽しく仕事できる場でありたいと思っています。

日本の諸問題への処方箋

今の日本が抱える深刻な問題。少子高齢化、経済発展の沈滞、年金・社会保障システムへの不安。これらは共通の根っこから生じているように思えます。つまり、「良い死に方が見えない」ということ。実は、これは簡単な処方箋があると思っています。それは、余計な延命治療をしないこと。

最悪なパターンは、比較的体が元気なのに何らかの病気でベッドに寝たきりになったまま家族の介護の世話になること。10年、20年と家族の手を患わせることになるなんて考えたくないですよね。人生の幕引きが見えないから、不安になる。幾らあっても足りないと思うから、必死で貯め込む。悪循環の沼です。これ、本人も家族も社会も、誰も望んでいないことですよね。ではどうしてこの最悪のパターンを皆が恐れてビクビク暮らしているのか。死ぬ勇気が足りないからです。

五月に私の親父が亡くなりました。もう二十年もガンや心臓病などで苦しんできましたが、最後まで死ぬことは怖かったようです。私もいざその場を迎えたら、同じように思ってしまうのかも知れません。それでもいま思うことは、自分が自分らしく生きられなくなったら、それは幕引きの時が来たということだろうと。人間、自分の口でモノを食べれなくなったら、それはもうダメってことなんです。胃ろうや点滴で少しばかり時間を延ばしたとして、それが何になりますか。だから私は余計な延命治療は無用だと家族に伝えてあります。

これ、誰にでも取れる終活で、コストが掛からないんですよね。最後にお世話になるのは、せいぜい半年から一年程度。時間が読めれば、必要な経費も逆算できます。何千万円もおカネを持っておく必要なんてないんですよ。理想は安楽死が認められることですが、それは日本ではなかなか難しいでしょうから、最後の治療方針についてだけは自分がイニシアティヴを持っておく。ここが大事なんじゃないでしょうか。

もしこれが世の中に広く受け入れられれば、色んな話が変わってくると思います。年金や医療リソースは大きく節減できるでしょう。老齢世代から若い世代への所得移転がもっと進みます。社会のセーフティネットが軽くなるから、税制や規制をもっと身軽に制度設計できる。フラットタックスの実現、地方自治の裁量を増やす、安全・安心よりチャレンジを重視。これらは難しい政治のステップを踏まなくても、個人個人の気持ちの持ち様だけで実現できる、ある意味簡単な対策です。

人に迷惑を掛けず、人の役に立って死んでいきたい。それはみんなの共通意思ですよね。ただ長く生きるより、尊厳を大事に死ぬ。これが子どもや孫の世代のためになる生き方なんじゃないでしょうか。笑顔でバイバイって逝きたいですよね。Hasta la vista, baby

シアワセな生き方とは

私のようなバブル世代から見ると、ここのところの日本は将来に明るい展望が持てません。私たちが若いときはもっとワクワク感があって、今日よりも明日が良くなるとみんなが信じていました。総中流意識なんてのが新聞で話題になったのもこの頃です。いつから日本はこんなに暗い国になっちゃったのでしょうか。

客観的に見れば、戦後の復興期からの転換、人口ボーナス期の終焉、が大きいですよね。日本は若者、壮年の国から、老人国になってしまった。国全体が活力を失い、システムが老朽化し、新しい仕組みが求められているのに、民主主義のくびきから逃れられずに抜本的な手入れに踏み切れない。処方箋は分かってるんですよね。道州制、古い企業のリストラ、労働力の流動化。でもみんなが血を見るのを恐れて実行できない。多分大きな外圧がない限り、変われないのが日本なのだと思います。

では我々はどうすればいいのか? 答えは、自己責任の徹底、にあると思います。国に頼るのをやめる。上手くいかないのを誰かのせいにするのをやめる。自分の身を守れるのは自分だけ。そんな当たり前のことを受け入れましょう。具体的な道は二つしかないと思います。

一つは、資本家の側に回ること。つまりリスクを取って起業することです。資本主義の原理原則ってとってもシンプルで、資本家しか儲からないんですよ。であれば、自分が経営サイドに立つしかない。その近道が、インフルエンサーになることやネットショップオーナーになることなんじゃないでしょうか。この二つのパターンは取るリスクがあまり高くなく、副業的にスタートできるのが良いところ。自分に経営の才能があるかどうか、試してみるべきだと思うのです。

明らかに自分は経営者向きではないという自覚があるのなら、何らかの専門的なスキルを身に付けるしかありません。今ならプログラマー、デザイナー、動画編集、といった潰しの利くITスキルがいいですよね。医者、薬剤師、弁護士、会計士、などの免許業も専門的スキルと言えるでしょう。あとは、何らかのカテゴリーへの徹底的な拘りもウリになる専門性だと思います。自分自身が起業しないまでも、例えばトレーディングカードや中古品売買、何らかのプラットフォームの運営に専門家・キュレーターとして関わる。これなら多くの人にチャンスがあるはず。最悪なのは、言われたことしかできないサラリーマンです。

こう考えると、若い人は何を大事にすべきか見えてきますよね。親や先生の言うことに従って良い子になるべきではありません。自分がやってて愉しいことをとことん突き詰めるべきです。それがゲームでもアニメでもマニアックな趣味でも、自分の強み分野を構築する時間はとっても大事なんです。親は、子どものためと言って寄ってたかってこれを潰しに掛かるんですけどね。親の経験は30年古いので、それに従っちゃう素直な良い子は貧乏くじを引く可能性が高い。親の役目って、チャンスを与えて見守る、応援することしかないんじゃないでしょうか。

生活必需品は海外から幾らでも安いモノが入ってくる時代。日本は付加価値の高い趣味性商品で勝負するしかないんですよ。親の古い昭和のモノサシじゃなく、今の時代、この先の未来に合った最新のモノサシが必要。それは親や先生が与えられるものではないのです。レールに乗せるんじゃなく、自分の頭で考えられる子に育てることがシアワセな生き方を見つける道なんじゃないかな、と思います。

中国のゼロコロナ政策の行方は?

上海が大変なことになっていますね。中国はここまで”ゼロコロナ政策”を採用して、上手く機能していました。「ゴキブリが100匹出るのを待ってから退治するより、一匹でも出たときにすぐ退治する方がいいに決まってる」というのは非常に説得力のある説明でした。ここは欧米や日本のような民主主義国が真似できない一党独裁政権国家だからこそできる強権を発揮して、ある意味世界の最先端でした。これがオミクロン株で包囲網が敗れたのか、一気に大都市圏で感染者が増えてしまっています。上海という人口2500万人の超大都市でロックダウンが成功するのか、ハラハラしながら成り行きを見守っています。

友人が上海に住んでいて逐次Facebookで近況をアップしてくれるのですが、上海の一般市民はメディアの報道よりもはるかに民度の高い落ち着いた対応をしているようです。配給制の食糧や手元の物資を同じマンション内で融通していたり、グループチャットでマメに情報をやり取りしていたりと、みんな利己的な振る舞いを抑えてなんとかこの急場を凌ごうと必死な様子。なんとか乗り切ってほしいですね。

中国政府はこの先もゼロコロナ政策を放棄するつもりはなさそう。上海や深圳といった一部の大都市で感染が拡大しているものの、他の大部分では相変わらずゼロコロナ政策下で平和な日常を享受しているらしく、コロナを受け入れる理由がないのだとか。上海の成り行きが今後を大きく左右しそうです。

これは決して他人事なんかではなく、いまや中国のサプライチェーンと無縁の国も企業もあり得ないのですから、中国が混乱して生産が滞ればウクライナ危機どころの影響では済みません。欧米は高いインフレ率の押さえ込みにやっきですから、中国のコロナ対策と併せて世界は臨戦態勢です。日本だけがインフレプレッシャーから置いていかれている不思議な状況ですが、ここからの半年がこの先の数年を左右する大事なターニングポイントになりそう。中国政府とアメリカFRBの手綱捌きに期待します。

就活の闇

ウチに早稲田の政経を卒業した帰国子女の女性プログラマーがいます。彼女に就活の話を聞いたところ、とても苦労してエントリーシートで落とされまくったということで驚愕しました。早稲田の政経って私学文系トップですよね? そんな学生を落として誰を選ぶんでしょうか。全く理解できません。

私が就活をしたのは昭和が終わり平成に代わる年。つまりバブル真っ最中です。あの頃は欲しいだけ内定取れたし、大手企業が挙って千人単位の採用計画を打ち出していたので、今とは全く様相が異なり参考になりません。今どきの就活事情を聞くだに、どれだけ若者が苦労しているのか、本当に気の毒になります。思ったんですが、多感で人生の希望に溢れている20歳過ぎの若者をよってたかって叩く就活って、日本全体で行う大規模なパワハラですよね。これでどれだけ多くの若者が将来を悲観し、自信を失っていることか考えると、日本の損失って凄く大きいと思うのです。何とかなりませんかね。

私は経済学部を卒業したんですが、入学早々に授業内容に絶望したのを覚えています。だってマルクス経済学なんてどうして今ごろ勉強する必要があるのか、理解できないですよね。じゃあ近代経済学は有用なのかというと、これがマル経以上に役立たずなんですよ。というわけで早々に授業はドロップアウトして、クラブ活動と麻雀に明け暮れた四年間でした。そりゃ専門的なスキルなんて身に付くわけありません。多くの文系学部は今でも似たり寄ったりの事情なんじゃないでしょうか。

スティーブ・ジョブズは大学でカリグラフィーを学び、それがデザイン志向に繋がりました。アメリカでは今でもリベラルアーツを学ぶということに一定の重きを置いているようですが、日本の文系教育はまったくもって中途半端です。専門性もなければ、教養の深みもない。ただ、●●大学卒業、というブランドを手に入れるだけの退屈な四年間。そりゃ企業側も採用意欲を高く持てないですよね。

学生の方への提言としては、難しいかもしれませんが、大手志向から脱却すること。皆さん自身の人生であって、親の期待に応えることが目的ではありませんから、親世代の古い期待を振り払うことです。親の経験は30年前の体験に基づいているだけで、今の世相を反映していない古い価値観なんです。「自分の道は自分で決める」と強い意志を持つことが大事です。くれぐれも親の顔色を伺わず、やりたいことを最優先してください。

私も二人の子を持つ父親ですから、親心は充分理解できます。親はじっと控えて子どもの決断を応援する立場に徹しましょう。「そんな会社聞いたことない」というのが最悪のセリフです。もう終身雇用の時代は終わったんです。シャープも三洋電機もJALもそごうも潰れる時代なんです。親が好む会社や仕事が30年後もある保証はありません。無理強いしても後で恨まれるだけ。余計なアドバイスなんてせず、子どもの決断を信じることです。

企業は明らかに採用行動を変えています。いまや大量一括採用に拘るのは一部の古い企業だけで、殆どは専門スキルの計算が立つ経験者の中途採用を中心に据えています。その意味では無目的に大学に進学することはむしろ危険で、やりたい分野がはっきりしているなら専門学校でスキルを身に付けた方が賢いんじゃないでしょうか。私のオススメは、専門学校+海外留学の組み合わせです。今でも日本では英語力がそれなりに評価されます。これから使うシーンは増える一方でしょう。英語コンプレックスを若い間に克服しておくことはとても有用です。

私の本当の願いは、若者の目がもっと起業に向くことです。サラリーマンじゃなく、独立開業。もしくはベンチャーで一旗揚げるというチャレンジ精神。リスクを取ってこそ、花の山に辿り着けるんじゃないでしょうか。

2021年を振り返って

2021年も年の瀬。今年もコロナ禍に振り回された一年でしたね。しかしオミクロン種は感染力は強くても毒性は弱い模様。こうやってインフルエンザと同じポジションに収束していくのなら、とうとうこの世紀のパンデミック騒ぎに終わりが訪れるんじゃないでしょうか。国境が完全に開いて人の行き来が自由になるまでにはもう少し時間が掛かるでしょうが、生活と経済が正常化していくといいですね。

おちゃのこネットは、かなり開発陣容を整備して、だいぶ会社らしくなってきたと思います。ここ何年か大きな懸案事項を片付けてきているのですが、今年も検索の大改良とカート離脱フォロー機能の投入が大きなトピックスでした。あとは、デザインプランのご支持が予想を上回る強さでした。来年はセミナーも復活しますし、新たな取り組みで「商売人さんを笑顔にする」ご支援に注力して参ります。恐らく世界中でECは追い風だったと思いますが、ちゃんとDXをカタチにできたところは体力が強化されて、ますます業績好調に向かう流れ。努力がちゃんと報われるのがECの世界だと思いますので、ご一緒に頑張りましょう。

CARZYもお陰さまで少しずつ認知が広がって、取引が活性化してきた年だったと思います。恐らく2022年度からは各種イベントも開催されると思いますので、これから各所でお目に掛かることも増えるはず。世の中はEV化一辺倒の流れですが、新エネルギー政策がセットで提供されない限り絵に描いた餅。私は核融合発電が普及しない限り、EVは時期尚早だと考えています。どちらにしろ、クラシックカーや趣味車の領域は絵画や骨董品と同じ好事家の世界。メインストリームにはなりませんが、需要と供給バランスが逼迫すれば価格は高騰するのが当たり前。ひっそりと、でも熱烈に盛り上がる分野だと思っています。

楽らクラウドは手探りの一年でした。SESという業界特有の事情に気持ちが落ち込むこともありましたが、システム開発が世の中の発展に寄与し続けるという部分は今後も変わりません。そこで働くひとりひとりのエンジニアに心地よい仕事環境を提供したい。そして良いサービスの開発に関わりたい。その気持ちを大事に前に進もうと思います。外国人エンジニアの採用など、面白い切り口も見えてきましたので、来年は楽しみです。

私自身も周囲の人も、年々年を重ねて健康状態が気になるようになりました。一番大事なのはストレスを抱えないことだと思っています。皆さまも、事業やご家庭など、それぞれにお悩みを抱えてらっしゃることと存じますが、少しでも状況が改善して明るくお過ごしになりますことをお祈り申し上げます。「笑う門には福来たる」が真理ですよね。

では皆さま、良いお年を!

日本の若者気質

今の若い人には信じられないかもしれませんが、つい30年ほど前は日本はアメリカを追いこす勢いで経済発展してたんですよね。当時はエコノミックアニマルとか揶揄されて、家庭崩壊も顧みずに滅私奉公するジャパニーズサラリーマンは世界の脅威でした。今の韓国人猛烈社員のイメージですかね。日本の勤勉な労働力、マネージメント、政府の適切な産業政策などは経済学の教科書に沢山取り上げられるお手本だったんですよね。書いてて私も信じられませんがw

その後のバブル崩壊以降長く停滞状態の日本ですが、日本のストロングポイントって今でもあるんだろうか、なんて考えてました。何も自信を持てるポイントがなくなっている自信喪失状態なんですけど、もし今でもあるとするなら、それは”安全”なのかもと思っています。元々治安は世界最高レベルに高かったんですが、低いのは犯罪発生率だけじゃなくて、いわゆる揉めごとそのものが圧倒的に少ないですよね。それは若い世代になるほど顕著で、明らかに昭和とは世相が変化しています。身近なところでウチの息子や娘を見ていても感じるんですが、彼らはとにかくトラブルを嫌がります。まあ陰湿なイジメは結構ありますけど、いわゆるケンカとか大声で怒鳴るシーンなんて若者の間でまあ見ないですよね。裏を返せば草食系で頼りないとも言えるんですが、これは実は強みなんじゃないかと思っています。



まあこういうのは一例ですが、昔は日本人女性が外国人にモテるというのはよく聞きました。今は日本人男性も外国人女性にモテる時代なんですね。多分若者限定ですがw 見た目が清潔でオシャレ、しっかりしている、健康的、などの指摘はなかなか自分たちでは気付きませんよね。でも今の日本の若者は、脱毛したり、化粧水使ったり、ファッショナブルで、浪費やギャンブルなんてせずに将来設計を真面目に考えていて、食事も生活スタイルもヘルシー。昭和世代の我々とも行動パターンも価値観も違っていて、中性的な気がします。多分これって進歩なんですよね。

バブル期までの日本はハードな経済パワーに頼った成長。バブル崩壊後はソフトな文化パワーが牽引する洗練さ。ベクトルは全然違うんですが、今のソフトパワーを身に付けるのはとても難易度が高いことな気がします。そういう意味では凄い財産を得ているんじゃないでしょうか。日本の価値を過小評価しているのは、日本人自身な気がします。

SESに見る日本企業の闇

グループ内に楽らクラウドというSES(いわゆるエンジニアの派遣業態)の会社があるのですが、こちらの現場案件の話を聞いていると暗鬱な気分になります。昨今はコンプラに厳しい時代で、セクハラ・パワハラ・モラハラ、もってのほか、という感じなのですが、それが通用しない昭和感丸出しの世界なんですよね。誰もが知っているエクセレントカンパニーが仕様を決めれずに開発が無茶苦茶になっていたり、納期だけ決まっていてプロジェクト管理がなされておらずに長時間稼働が当たり前の現場など、本当に目を疑うことが多い。話は聞いていましたが、そんなに人数も多くないウチでそんな話を幾つも目にすると、ああ日本の大規模システム開発の現場って本当に病んでるんだなと実感します。

これへの有効な対処策は、ともかくおかしい現場の仕事を我慢して請けない、に尽きると思います。営業上の思惑とか、会社のお付き合いの義理立てとか、ともかく会社の意向を優先させてエンジニアを我慢させるから、本人潰れちゃうし、いつまでもそういう現場がなくならないんです。この現場ブラックだと思ったら、さっさと抜ける。これをみんながやれば、人が集まらないプロジェクトは頓挫するしかありません。そうやって市場を浄化するしかないんですよ。大人の事情とやらを蹴っ飛ばして、エンジニアを大事に守ってあげましょう。きっとそんな会社には人が集まるはず。温かい会社にしたいなと思っています。

大阪維新の会の功績

なぜ、大阪で維新が人気なのか?(この人気はいつまで続くのか?)

最近梅田に行くと、高層ビルの林立ぶりに驚きます。三宮の駅前のショボイのと比べると、文字通り雲泥の差です。しかもこれから阪神百貨店、中央郵便局跡、さらにうめきた二期工事、これに大阪万博、そしてIR計画まで含めると、正に大阪は発展期ど真ん中にあると実感します。この発展をもたらしたのは何か? 私は大阪維新の会の功績が大きいと思うのです。

大前研一さんが以前からよく言及していますが、都市計画において容積率の設定は決定的に重要な意味を持ちます。もちろん空港等の動線への影響や地盤の強度、長期的な街造りの計画が大切なのは言うまでもありませんが、地元の現況を知らない、知ろうとしない東京の官僚が一律に決めてきたのは事実でしょう。地域のことは地域が決める時代になっているのに、いまだに中央集権の古い発展途上国型モデルになっている。それが日本の実態なのだと思います。

容積率緩和で富創出」わが日本活性化プラン

2014年の記事ですが、今でも古くない視点ですよね。これを大阪で具体化してきたのが、大阪維新の会の実行力だったのではないでしょうか。魅力的な大阪の未来図を見るにつれ、神戸の行く末を案じてしまいます。百年の計を考えてくれている政治家はいるのでしょうか。

うめきた二期地区開発プロジェクト

どんどん発展する大阪が羨ましくなります…。

知財戦争

日鉄、トヨタと中国・宝山を提訴 鋼板特許侵害で

大手日本企業同士が訴訟になること自体が珍しいですが、日鉄にとってトヨタは一番のお得意先でしょうから、なおさら今回のニュースは異例です。当然こうなる前に水面下で調停を試みたと思うのですが、今後の取引への影響を考慮してもなお争うだけの価値のある裁判だと日鉄が判断したのですね。

もう日本企業が韓国、中国企業の後塵を拝するようになって久しいのですが、その遠因に知的財産の扱いがあったと思います。有り体に言えば、日本企業が苦労して開発した知的財産をあまりにも安易にパクられすぎですよね。高度成長期には他国企業を育てるだけの余裕が日本企業にもあったのでしょうが、相手が力を付けてきた今ではもうそんな余裕なんてありません。個人的にはディズニーや任天堂の法務アクションをやり過ぎな思いで見ていましたが、これだけ日本企業が厳しい局面を迎えてしまうと彼らのやり方が正しかったのかも知れません。

この先も日本企業が量でマーケットを取る戦略は採りづらいと思います。少量・高付加価値で勝負するなら、投入した研究開発およびマーケティング予算を回収するだけの時間が必要。いかに知財を守れるかが企業の存亡を左右する時代ですね。”攻める法務”が脚光を浴びていくんじゃないでしょうか。なんとなく地味な印象の日本の弁護士が華やかな存在になっていくのは良いことでしょうね。

デフレ対策

「失われた20年」が30年になろうとしています。いつまで我慢しても上向かない日本経済。根本的に何かがおかしいと感じませんか? こんなに真面目な国民が、それなりに一生懸命頑張っているのに、よくなる気がしないというのは異常です。これは個人や個別企業の努力を越えたレベルで、何かが間違っているのでは、と思うのです。もし間違っているのなら、それは何なのか? おぼろげでもその答えを探してみたいと思います。

今回の総裁選挙で各候補者の政策を比較するにあたり、MMT(現代金融理論)と呼ばれている政策を自分なりに調べてみました。

中野剛志さんに「MMTっておかしくないですか?」と聞いてみた

かなりボリュームの多いエントリーですが、読み進めていくと段々話の骨格が見えてきます。いくつか大事な図表が掲示されていますのでご紹介。

これは経済記事でよく見かける、「日本の財政は危機的」という説明に使われる図です。日本の債務残高がギリシャやイタリアといったユーロの問題国より更に輪を掛けて悪いというのは皆さんよく聞かされますよね? MMTの議論を呼ぶポイントが、この債務残高を「日・米など先進国の自国建て国債のデフォルトは考えられない」と一笑に付すところです。これは確かに懐疑派の気持ちがよく分かります。普通の感覚だと、「幾ら借金しても問題ない」なんて直感的に受け入れられませんよね? 私もそうでした。そして財務省はここをしつこく強調してきます。「子供たちの世代にツケを残すのか?」「財政には規律が必要」「皆で痛みを分かち合い、我慢しよう」と言われると、良識のある大人ほど反対はできない。しかし、これ、本当なのでしょうか?

中野 たしかに、政府債務は積み上がっています。しかし、国家の経済運営を企業経営や家計と同じ発想で考えるのは、絶対にやってはならない初歩的な間違いです。なぜなら、政府は通貨を発行する能力があるという点において、民間企業や家計とは決定的に異なる存在だからです。


ここが、どうしても理解しづらいんですよね。本当に大丈夫なのか? 中野さんは、大丈夫、と言い切りますw
このオペレーションは無限に繰り返すことができるのです。しかも、このオペレーションを回す度に、国債発行額と同額の民間預金が増えていくわけです。つまり、国債の発行によって民間の金融資産を吸い上げているのではなく、財政赤字の拡大によって、民間で流通する貨幣量を増やしているということです。

――ところで、国債はいずれ償還しなければなりませんよね? つまり、将来世代にツケを回しているのではないですか?

中野 よく聞く話ですが、それも誤りです。「国債の償還財源は、将来世代の税金でまかなわれなければならない」という間違った発想をしているから、そういう話になるんです。だって、自国通貨を発行できる政府は永遠にデフォルトしないのだから、債務を完全に返済し切る必要などありませんからね。

 つまり、国債の償還の財源は税である必要はなく、国債の償還期限がきたら、新規に国債を発行して、それで同額の国債の償還を行う「借り換え」を永久に続ければいいのです。実際、それは先進国が普通にやっていることです。だから、英米仏などほとんどの先進国において、国家予算に計上する国債費は利払い費のみで、償還費を含めていません。ところが、なぜか日本は償還費も計上しているんですけどね……。

私にはこの中野さんの理屈を検証できるだけの知識がないので何ともなんですが、もし本当にMMT派の理論が正しいのであれば、日本の政策の足枷を嵌めている財務省は大きな誤りを犯しているのではないでしょうか。

MMTの突っ込みポイントとしては、財政赤字が際限なく増えていってしまうとハイパーインフレを招いてしまう、というところにあります。実はこれはMMT派は否定していないんですよね。
中野 ええ。自国通貨発行権をもつ政府は、原理的にはいくらでも国債を発行することはできますが、財政赤字を拡大しすぎるとハイパーインフレになってしまいます。だから、財政赤字はどこまで拡大してよいかと言えば、「インフレが行きすぎないまで」ということになります。したがって、財政赤字の制約を決めるのはインフレ率(物価上昇率)だということになります。


つまり、現実的なインフレターゲットを実現するまでの限定的な措置である、と。まあ、それなら一定の節度のある理屈であると言えそうですよね。安倍政権下の黒田日銀は、2%程度のマイルドインフレをターゲットに”異次元の量的緩和”を実行したわけですから、そこまでは既に日本政府は意志決定をしていると言えます。では、なぜその異次元緩和が効果をもたらせなかったのか、そこがポイントです。

中野 財務省も主流派経済学者もマスコミも、「日本の財政赤字が大きすぎる」と騒いでいますよね?しかし、財政赤字が大きすぎるならば、インフレが行き過ぎているはずです。ところが、日本はインフレどころか、20年以上もデフレから抜け出せずに困っているんです。おかしいと思いませんか?

――たしかに……。

中野 つまり、日本がデフレだということは、財政赤字は多すぎるのではありません。少なすぎるんです。

うーん、確かに。財政規律派の言うとおり、際限ない財政赤字は確かに危険なのでしょう。しかし日本の現実はどうですか。インフレの兆しなんてどこにも見えず、どこまでもデフレの泥沼が続いていて抜け出せないのが最大の問題ですよね。ということは、今の日本が財政規律を気にするのはちゃんちゃらおかしくて、やるべき手段は積極的な財政出動によるデフレ脱却なんじゃないでしょうか。

私がこの一連の中野剛志さんのエントリーで一番ショックだったのがこの図です。1995年から2015年の20年間で世界各国がこんなに成長しているんですよね。中国は1400%、アメリカは130%、世界の平均が139%なのに、日本だけがマイナス20%。そりゃ未来なんて見えませんよね…。では、どうすればいいのか?
――では、どうすればいいんですか?

中野 「大バカ者」がいればいいんですよ(笑)。

――は? 「大バカ者」……ですか?

中野 ええ。デフレ下では、節約するのが経済合理的ですから誰も消費・投資をしないので、需要と供給の差(デフレ・ギャップ)は絶対に埋まりません。だから、デフレなのに、とんでもない金額のおカネを使う「大バカ者」が登場して、デフレ・ギャップを埋めてあげなければいけない。その「大バカ者」を「政府」というんです。

――なるほど。民間主導ではデフレから脱却できないのだから、政府主導でやるしかない、と?

中野 そうです。要するに、政府が財政出動で需要を生み出して、デフレ・ギャップを埋める以外に、デフレから脱却する方法はないのです。先ほど私は、「デフレのときには、財政赤字に制約はない」と言いましたが、デフレのときに財政赤字に制約を設けると、デフレから脱却することができないと言うべきなんです。

 ここにも、ビジネス・センスでマクロ経済を論じる危険性があります。デフレ下においては、民間のビジネスでは節約が美徳であっても、その美徳を政府に求めたらデフレから脱却できなくなるからです。むしろ、政府は民間とは逆の行動をとらなければならない。デフレのときには支出を増やし、インフレのときには支出を減らすことで、経済を調整するのが政府の役割なんです。


この図が黒田バズーカが効果を出せなかったことの説明なんですが、つまりマネタリーベースを増やしただけでは市中におカネが出回ることには繋がらず、なんら有効な需要を生み出せなかったんですね。デフレ下においては民間企業は合理的な判断を下すが故に投資は起きず、このシチュエーションで需要の担い手をこなせるのは市場原理を無視した政府部門の公共投資しかない、と。実はアベノミクスは三本の矢で構成されており、1.大胆な金融政策、2.機動的な財政政策、3.民間投資を喚起する成長戦略、というのは何も間違っていない。むしろ、せっかく第一の矢で増やした金融政策を活かすだけの第二の矢、つまり財政政策を打たなかったために全てが無駄に終わった、という認識が正しい。アベノミクスを最後までやり切っていればよかったんです。これはやはりどこかで財務省がブレーキ踏んだんでしょうね。どこまでいっても財務省の財政規律ロジックがガンな訳です。

この図を見れば、確かに財政支出とGDP伸び率には相関が見えますね。

ここまで見てくれば、MMT派の主張が決してトンデモでも眉唾でもなく、至極まっとうな意見であることが分かってきます。確かに本当に彼らの言うとおりに成果が出るかどうかはやってみないと何とも言えないのですが、ここまでもう30年も日本人みんなが我慢してきたんです。試してみる価値はあるんじゃないでしょうか?

さて、次の総裁が誰になるかは分かりませんが、誰であってもこのMMT理論を試してみて欲しいと思うのです。やってみてダメなら改めればいいじゃないですか。いつまで財務省の言いなりになっているのでしょうか。個人的には、高市早苗さんに期待ですかね。この30年の閉塞感に一石を投じて欲しい。期待しています。

Happy News

世の中嫌なニュースばかりでうんざりしませんか? コロナ禍ということもあり、日本が衰退基調社会であることも相まり、揚げ足取りや叩く風潮が目立ちます。読んでいて良い気はしないという人も多いはず。

で、前から思ってたんですが、「Happy News」というサービスコンセプトはどうでしょうか。良いニュース、気持ちがほっこりするできごと、前向きな気持になれる記事だけのサイト。批判精神が必要な局面もあることは承知していますが、そういうのは他に任せて、ポジティブなマインドを大事にする場があってもいいんじゃないかと思います。どなたか作ってみませんか。え、私はここで明るい記事を投稿するくらいに控えさせていただきますw

2020年の振り返り

今年の年始には、まさかこんな年になるとは思っていませんでした。世界中の誰もがそうだったと思います。世界史の教科書に載るような大災害、コロナ禍は年末を迎えても終息の兆しを見せていません。いつ落ち着く日が来るのでしょうか…。

恐らく、正解は中国式の封じ込め策なんですよね。私も当初は経済回せ派だったんです。コロナなんてインフルエンザと同等の軽度の感染症なんだから、大騒ぎする方が間違ってる。普通に生活しよう、と思っていました。しかし、それは多分間違っています。

理由は、人はそこまでロジカルじゃないから。論理的に重症者数や志望者数のデータを分析すれば、経済回せ派の言い分に理があるのでしょう。年輩者や基礎疾患を持つ人が個別にケアすれば、大多数の人はそこまで活動を自粛する必要はないはず。でも残念ながら、人は感情で動く動物なんです。だから大多数の人が持つ”怖い”という感情をクリアできないかぎり、生活が元に戻ることなんてない。そこをいつまでもロジックで理屈を通そうとするから、世論と噛み合わない。インフルエンザの発症数が例年の1/300と聞きます。みんなの感染症対策は間違っていない。だから本当は全員が我慢してロックダウンして感染者を抑え込む方が、結果的に状況の回復が早く来るのだと思います。それは既に中国・台湾・香港等で実証されているんです。しかし日本はドラスティックな意志決定が苦手な国。このまま医療崩壊を招かない程度のギリギリの線をキープする路線で中庸路線を進むしかないのでしょう。ということは、コロナ禍は長引くということです。

悪いことばかりではなく、コロナはリモートワークの進展という良い影響ももたらしてくれました。何もなければ導入に長い年月がかかったであろう自治体が率先してリモートワーク対応、そして押印廃止、業務効率化に舵を切っています。これは日本の遅れた部分の合理化にプラス要因。航空・旅行産業はちょっと打つ手が見当たりませんが、飲食店などはケータリングやECへのシフトが進んでいます。どんな形であれ、環境変化は起こります。企業家に必要なのは、変化への対応速度。自分だけじゃない、みんなに起きている災厄なのだから、そこから抜け出せるかどうかはスピード次第。いちばん大切なのは、経営者自身のモチベーション。気持ちを切らしてしまっては終わりです。苦しい時に踏ん張りましょう。なんとか活路を見出して、前に進むしかないんです。ヒントは沢山あるはずなので、うつむかずに、今こそ上を向いて歩きましょう。

会社としては、地道な改良に取り組んだ一年でした。

●おちゃのこネット
 カート保持期間の延長、カートステップ短縮、という積年の宿題を片付けました。どちらも必要な工数の重さに腰が引けて、何年も前からやらなければならない課題として認識はしていたのですが、手を付けれていなかったテーマでした。開発にアジャイルスタイルを導入して、個人からチームとしてのパフォーマンスを重視するように切り替えたことが奏功したように思います。おちゃのこネットというレガシーシステムを抱えながら、開発手法については新しいやり方に取り組んできましたし、これからも進化していきたいと思っています。

●楽らクラウド
 経験者エンジニアの採用は相変わらず難しいのが現実。なので、未経験者を育成する方向にシフトしました。人柄やポテンシャルのある若い人たちを採用できたので、正解だったと思います。組織には新しい血が必要なんですよね。「おちゃのこポップアップ」はそんな若いチームの成果の一つ。いま、さらに別の新しいプロダクトも開発中です。来年早々にはお見せできるはず。エンジニアが育つ会社でありたいと思っています。

●CARZY
 かなり狭い特殊な領域向けのプロダクトなんですが、サービス設計に四苦八苦しながら細かい修正と検証を繰り返してきました。新サービスを狙って当てる難しさを実感していますが、それでも関わる方たちからのポジティブなフィードバックに救われています。最新のWebとスマホアプリ環境で開発の経験を積めたことも大きな財産。来年はサービスの認知度を上げていきたいと思っています。

その他にもサブスクリプション型の制作サービスやデザインプランの提案、さらにYouTubeによる動画配信と、デザインリソースの活用にも取り組んでみた年でした。特に動画は最後のリッチコンテンツとして、これからも存在感が高まる領域です。全てのプレイヤーにとって必要なスキルになっていくと思います。制作のハードルは格段に上がってしまうんですが…。

今のネットを見ていて感じるのは、SPAMやノイズが多すぎる、ということです。「ベテラン店員のような接客」「イケてるコミュニケーション」からは程遠いのが現状。この問題に気の利いたソリューションを見つけた企業が次のチャンピオンになるんじゃないでしょうか。まだまだやるべきこと、改善できることは山ほどあるんです。リアルの現場に比べれば、ネットはチャンスの宝庫。知恵を絞って、”まだ誰も気付いていない真実”を探しましょう。資本がなくても、智恵で勝てるのがネットの良いところですから。

来年も宜しくお願い致します!

自社ショップを作る理由とは

おちゃのこネットはいわゆる自社独自ショップで、楽天市場やAmazonマーケットプレイスといったモールとは立ち位置が異なります。決定的な違いはやはり集客力でしょう。楽天に出店すれば楽天の膨大な訪問者の目に触れる機会が得られ、売れるチャンスが多く訪れます。方や独自ショップは、お店を作ったものの全くお客さんの反応がなくて閑古鳥、という声もよく耳にします。じゃあモールでいいじゃん、独自ショップなんて労力かかるだけで意味ないじゃん、とお考えでしょうか。そういう考え方もあります。しかし我々の提案は違います。それでも自社ショップを作る理由とは何でしょうか?

結論は、”ブランディング”なのだと思います。

楽天に出店している限り、楽天のルールに縛られるという制約があります。楽天というプラットフォームを利用している限り、それは致し方ないことです。彼らには彼らの商売の都合がありますから、彼らの利益を最大化するようなルール変更が行われます。最近では送料の負担(3,980円以上の購入で送料無料)とか、画像ガイドラインの変更とか、ショップ運営に致命的なルール変更も多く行われています。それでも各ショップは売上・利益(←実は同一ではない)と新たに発生する不自由さを天秤に掛けて、楽天に出店し続けるか退店するかを判断するわけです。そして多くのお店は集客力の魅力に負けて渋々楽天に従う道を選択します。これはYahoo!だろうがAmazonだろうが、どこでも起きることに大差はありません。プラットフォームに乗っかるということはそういうことです。私が思うモールのデメリットは大きく下記のものです。

・他のお店に埋没してしまう
・価格競争に陥りやすい
・デザインの自由度が低い
・ブランドイメージの訴求が難しい

通常消費者は、楽天で買いたいと思うものを検索して探します。当然検索結果には膨大な商品とお店が並びます。あなたのお店はその中の一つに過ぎません。まず目に付くのは値段。商品の質がどうか、お店の運営にどれだけの思い入れが込められているか、一見のお客にはなかなか簡単には伝わりません。結果として通りすがりの買い物が大半になり、あなたのお店の記憶は深くは残らず、多くの選択肢の中の一つというポジションから脱却できないことになりがちなのです。

だから分かっているお店はちゃんと自社ショップを作ります。短期的な集客力よりも長期のブランドイメージの確立を優先して、独自の集客力の獲得と顧客の囲い込みを大事します。その時その時の旬な集客手段は変化します。こちらのSugarさんなら、昔は雑誌媒体への広告出稿が効果的でしたが、今はInstagramが集客導線の柱。そして訪れた初回訪問客や購入客をLINEで上手に囲い込んで、ロイヤルカスタマーを育てています。仕入れ商品だけではなくて、独自PBの開発にも注力。その商売力そのものが売上という成果になって返ってくるのです。

簡単な道ではありませんよね。だからおちゃのこネット出店者さんも継続できないお店が沢山あります。悲しいですが、そこはご自身で乗り越えて頂くしか道はない。気付きの材料はご提示できますが、活かすも殺すもお店次第なのです。でもだからこそ、上手くいった時の達成感は何ものにも代え難い。ぜひ多くのお店に成功体験を得ていただきたいなと願っています。

狩猟採集型モデルと農耕型モデル

制作費ゼロなのに高粗利を実現!?沖縄No.1のWeb制作会社社長に「サブスクリプション型経営戦略」の極意とWeb制作のこれからを突撃取材してきた!

↑こちらの記事を読んで、サブスク制作サービスに興味を持たれた社長さんも多いのではないでしょうか。実は私もそうですw コンタクトとしてWebの受託制作に励んでいた2000年前後、一番の苦労は毎月の資金繰りでした。「今月末までに何としてもこの案件を納品して請求書切らないとヤバい」と毎月必死に納期と戦っていたあの頃。実は達成感もありましたが、経営的にはツラかったです。毎月安定した収入がある状態というのは全ての社長さんが夢見る憧れですよね。その意味でこの琉球オフィスサービスさんのビジネスモデルはインパクトがありました。なので、早速試してみることに。

結果は、惨敗…。私はこれでも元リクルートで、ドブ板営業の経験は若い頃に嫌と言うほど積みました。しかしながら、2020年の今の段階で「ホームページ作りませんか」というセールストークの響かなさには驚きましたね。散々聞いた断り文句の例はこんな感じ。
・もうホームページあるから
・知り合いに頼んでるから
・無料のツールで自分で作った
どれも納得。勿論地道に営業していれば一定の確率で案件が取れないわけではないんですが、これを制作会社がやり切るのはツラいと思います。実際に琉球オフィスサービスの藤本社長に直接お聞きしたところ、やってみるところは多いけどちゃんと成功しているところは殆どない、とのこと。そうなるでしょうね…。

本気で農耕型モデルを作るなら、作って終わりじゃなく、そこから運用で長期的にクライアントと関係を持ち続ける提案が必要です。例えば最近お付き合いのあるアドヴァンテージさんは自社の強みが発揮できる領域として採用コンサルにフォーカスして、媒体(リクナビ・マイナビetc.)を使わずに自社のオウンドメディアを立ち上げてそこに集客するという基本戦略を徹底されています。こうなると採用広告(Indeed・Google・Facebook・Twitter)の運用という取りどころが発生するので、農耕型のモデルに移行しやすくなる。

ウチの場合は、受託開発 → 自社ECサイトの運営 → 自社サービス(おちゃのこネット)の提供、というのが流れでした。やっぱり理想は何らかの自社サービスを作りたいですよね。

実は今の時代はちょっとしたアイデア一つで結構な売上が作れてしまいます。それほど大上段に振りかぶらなくても、ちょっとしたプチイノベーションがバズれば、それが大きなサービスに育つ可能性がある。バズる可能性のあるメディアが簡単に使えるのだから、本当にいい時代ですよね。やっぱりこれからは動画が中心になるのだと思います。今はYouTubeがチャラい若者ノリの場になってますけど、そこに大人のコンテンツが増えていくんじゃないでしょうか。面白いだけでは飽きますからね。伝えるべき本物の価値を持っている企業の出番なのだと思います。ウチも遅ればせながらチャンネルを立ち上げようと思います。