リクルートが上場

リクルートが上場するらしいですね。私は三年しか在籍しませんでしたが、社会人になって大事な事を沢山教えて貰ったまさに学校でした。今でも多くのお付き合いがあり、自分の人生を豊かにしてくれた良い出会いの場でもありました。あのリクルート事件が起こった1988年、私は大学四回生で、内定を貰っていました。事件が報道された直後にすぐ人事から連絡が入り、父兄同伴で背景説明と「不安に思うだろうが会社を信じてこのまま入社して欲しい」旨のメッセージが伝えられました。多少考えはしましたが、そのまま入社する事にした決断は間違っていなかったと思います。(あの夏、地元の地銀に入社して家を継ぐ道を選んでいたら、人生随分変わっていただろうな…)



当時から自社の雑誌媒体を広告で埋めるビジネスモデルの収益性は突出しており、高成長を前提にした借入金の積み上げは何ら不安視されていませんでした。充分上場出来るだけの実力はあったのですが、経営陣は不動産子会社(リクルートコスモス)を上場させただけで本体は非上場というスタイルをチョイスしたのです。事件後に一兆円超あった借入金を全部返済した事から分かるように、一時的に表立った動きは控えていても収益力に影響はなかったのです。



むしろ、リクルートのビジネスに大きなインパクトをもたらしたのはネットの普及です。紙媒体からネットに主戦場が移っていく中、新しく登場してきたネット媒体にどう取り組むか、当時の経営陣は方針を決めかねていたのですね。というか、ネットの事が分かる人材が経営層にいなかったというのが本当のところでしょう。昔を知るメンバーと飲み会で出る話題として、「ちゃんとした経営陣がいればYahoo!くらいにはなっていたのにね」というのがあります。メディアがごっそり入れ替わるというこの大変動期を、何とか乗り切って今日のリクルートの姿がある原因を挙げるなら、それはあの活力を生み出してきたカルチャーに尽きるでしょう。体育会、お祭り騒ぎ、女の子がアイスクリームを売るように商品を売りに来る、と揶揄されたあの体質は、若さに溢れた組織のエネルギーを現していました。アグレッシブさを旨とする創業の精神は、江副さんが引退しても脈々と生き続けていたのです。



今回の上場は、会社が完全に新世代の経営に移行することを意味します。とかく内向きだった経営判断が外部の株主の目に晒され、説明責任が生じる。良い意味で子供っぽかった経営が、大人になることを求められます。得た資金を何に使うのかというのが最大の問題ですが、近年の同社の海外展開シフトを見ると海外の有力企業の買収に活用するのでしょう。リクルートのバイタリティが、アジアという大マーケットでどれだけブレークするか見てみたいですね。卒業してなお、OBを惹き付ける魅力を持ち続ける企業である事が凄いと思います。一層の発展を期待します。

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