「官僚の責任」古賀茂明

「官僚の責任」古賀茂明



先輩に勧められて読んでみました。私は以前より疑問がありました。「官僚は本当に思っているほど優秀なのか?」 「もし良いパフォーマンスを上げられていないのなら、本来優秀なはずな彼らの何が問題なのか?」 その疑問にこの本は答えてくれました。麻布高校から東大法学部、そして通産省(現経済産業省)入省という典型的なエリートコースを歩みながら、改革派として知られた著者にしか書けなかったドキュメンタリーでもあります。



先の疑問への著者の答えは、「官僚は世間が想像するほど優秀な存在ではない」「彼らが堕落するのはひとえに官僚組織が国民を向いて仕事をする構えになっていないからだ」というものです。若手の中には、国を支える大きな仕事をしたいという志に燃えて入省するモチベーションの高い人も大勢いるのですが、年功序列の人事システムが出来上がってしまっているため、実権を持って仕事に当たれるようになるまで20ほど掛かってしまう。その間官僚組織にとって好ましい成果を追求していくと、いつの間にか組織の論理にどっぷり嵌まってスポイルされてしまう。そして官僚組織の論理とは、つまるところ自分達の生活の安定であり、利権と省益と天下りという完全に内向きの理屈に支配されていると。正直読んでいて暗くなりました。



著者は、これを是正する手立ては公務員改革にしかない、と言います。若いウチからモチベーションの高い仕事に取りかかれる環境を用意し、上げた成果を評価して若手を登用出来る仕組み。更には省庁の組織の壁を越えて、必要な場所に必要な人材を流動的に配置出来る人事システム。これらがないと国民の方を向いて仕事する組織になり得ないと。本書を読むと、安倍内閣時に公務員制度改革に手を付け、福田内閣の抵抗を乗り越えて麻生内閣で成立しかけた法案が、民主党政権誕生のどさくさで廃案に追い込まれた経緯も記されています。中曽根元総理をして「これは革命だよ」と言わしめたこの法案が通っていたら、今頃随分霞ヶ関の雰囲気も変わっていたのでしょうが…。



本書では、官僚の政策がいかに的外れで経済の現場を知らないか、という実態もあぶりだしています。つまり、中小企業の経営者が危機感を持って経営にあたっている智恵以上の上策は官僚からは生まれてこない。むしろ正常な市場の自浄作用を邪魔する方向にばかり力が働いて、結果として淘汰されるはずだった効率の悪い企業がゾンビ化して居座ってしまっている。これがいかに発展の芽を摘んでいることかと。大事なのは、補助金ではなく、時代の先を読んだ規制緩和と競争環境の整備なんですよね。



私はこの本を読んでいて、日本の閉塞感を招いている原因が見えてきた気がします。それは、日本人が持っている強みが裏目に出ているんですよ。我慢強さ、勤勉さ、他者への思いやり、といった日本人の美徳が、改革のためにはマイナスに働いてしまうんですね。国の仕組みが古くなっているのは誰の目にも自明。大きくやり方を変えなければならない。でもその時目の前に血を流す人がいると、その人への配慮が先に立って大義がなされないんだと思います。だから、天下り先の廃止とか、リストラとか、利権のカットとか、誰かの生活が脅かされる決断を言い出せない。なるべく流される血を少なくしようとばかり考えて、無理矢理ソフトランディングするプランを採用しちゃう。東電の救済なんて典型例ですよね。



今、消費税の増税論議の真っ最中です。私も、必要なら痛みを分かち合うことに異存はありません。しかし本書が述べるように、それしか手立てがないのか、仮に消費税増税したとしてそれで問題が解決するのか、が大事だと思います。今の政府の議論は、自堕落な生活をしている大学生がお金が足りないからと仕送りの増額をせびっている構図と何ら変わらないのではないか。まず、非効率な意志決定システム(=政治)と、実行の実務部隊(=官僚組織)の制度設計を変えないと結局国民が我慢するだけで単なる問題の先送りだと思います。遠回りに見えても、本質に手を付けないと、結局堂々巡りです。雰囲気で消費税増税に迎合しちゃダメですね。



この国を変えるためには、結局政治を立て直さなければなりません。そのためには、あきらめずに国民が政治家にプレッシャーを掛けることです。橋本市長の大阪改革も始まっています。ひるまずに、明日を見据えた議論を続けましょう。それが子供達のために取らねばならない大人の責任だと思います。

トラックバック

このエントリーのトラックバック URI を指定する

このリンクは、クリックされるのが目的ではありません。それは、このエントリー用のトラックバック URIを含んでいます。このエントリーにブログからトラックバックと ping を送信するにはこの URI を 使用することができます。このリンクをコピーするには、Internet Explorer の場合右クリックを、「ショートカットをコピー」を選択します。Mozilla の場合「リンクロケーションをコピー」を選択します。

トラックバックがありません

コメント

コメント表示形式 一覧 | スレッド

コメントがありません

コメントの追加

送信されたコメントは表示する前にもでレーションされるでしょう。

アスタリスクで囲んだマークテキストはボールド (*強調文字*)になり、下線は _下線_ になります。
標準的な感情表現、 :-) や ;-) といったものは画像に変換します。

ロボットからの自動的なコメントスパムを防ぐために、画像の下の入力ボックスに適切な文字列を入力してください。文字列が一致する場合のみ、コメントが送信されるでしょう。ブラウザーが Cookie をサポートし、受け入れることを確認してください。さもなければ、コメントを正確に確認することができません。
CAPTCHA

アスタリスクで囲んだマークテキストはボールド (*強調文字*)になり、下線は _下線_ になります。
標準的な感情表現、 :-) や ;-) といったものは画像に変換します。