SES事業について

2018年の暮れにご縁で楽らクラウド株式会社というSES(System Engineering ServiceというITエンジニアの派遣ビジネス)の会社を買うことになりました。何人かの知人が以前から同様のSES事業を展開していたので大まかには知っていましたが、実際に会社を引き継いで事業に携わってみると想像以上の内情にビックリすることばかりでした。これ、日本のIT業界の闇といいますか、あまり表に出てこない生々しい実態なので、少しご紹介しておくことにします

https://www.contact.co.jp/blog2/2025/02/21/その案件ガチャ、引き直せますか?/

IT業界の業態

  • 自社プロダクト
  • 受託開発
  • SES

IT業界にはざっくりと上記の三つの業態があります。「おちゃのこネット」やGoogleや楽天市場みたいに何らかの自前のサービスを提供しているのが自社プロダクト。そしてNTTデータ、富士通、アクセンチュアみたいに大手のクライアントからシステム開発案件を請負で受託して納品するのが受託開発。そして世の多くの中小零細が携わっているのが三つ目のSESです。ChatGPT先生にざっくりとこの三つの業態の比率を尋ねてみたら、

✅ 日本のIT業界・業態別のざっくり比率

業態市場比率の目安主な特徴
SES(客先常駐)40〜50%人月ビジネス・多重下請け構造
受託開発30〜40%SIer・請負契約・要件定義〜開発
自社プロダクト10〜20%SaaS・アプリ・サービス型

なのだそうです。私が思っていたより受託開発の比率が高いですが、大手SIerが受託した案件を下請けにSES契約で投げるパターンが多いので、実際の業務遂行レベルの比率だともっとSESが高いと思います。ちなみに海外ではどうかも聞いてみると

結論から言うと、**海外(特に米・中・欧)は日本と“ほぼ真逆の構造”です。
日本が「SES・受託中心」なのに対して、海外は
「自社プロダクト中心」**が圧倒的です。

✅ 世界主要地域のIT業態比率(超ざっくり実態)

地域自社プロダクト受託開発SES
🇺🇸 アメリカ70〜80%15〜25%5%以下
🇨🇳 中国60〜70%20〜30%ほぼゼロ
🇪🇺 ヨーロッパ60〜70%20〜30%5〜10%
🇯🇵 日本10〜20%30〜40%40〜50%

👉 日本だけが異常にSES比率が高い国です。

という答えが返ってきました。日本の特殊ぶりが際立ちますよね。どうしてこうなっているのか私なりに考えてみたんですが、

  • 自社独自仕様へのこだわり:汎用の市販SaaSとかを使いたがらない「ウチはよそと違うから」が口癖
  • 自前のIT要員を抱えたがらない:解雇規制の厳しさの影響
  • 資本の論理の弱さ:似た業態の統合やM&Aが起きにくい

というのが大きい気がします。ハッキリ言えば、非効率な市場なんですよね。恐らく日本に何千社、何万社と小さなSES事業が乱立し、そこの営業マンやエンジニアがすぐに独立して小さな会社を始めるパターンがあちこちで起きています。これが実際にどういうことになるか、想像がつきますか? わかりやすく説明すると、私のメールボックスにはなんと一日に5千通の営業メールが届きます! この日本中のSES会社が、お互いに抱える案件と要員をお互いにメールで送りあうわけです。毎日、毎時間、押し寄せるメールが止まることはありません。ぼんやりあふれるメールボックスを眺めていると、なんだかみんなでバカな事をしているよなという気になってきます…

SES事業のメリット

もちろん世の中に存在するものはすべて意味があります。価値のない会社もサービスも淘汰されて残りませんから、何十年も続いて今日現在もたくさんのSES会社が活動しているということは、それなりに価値があるということです。最大の価値は、マーケットメイクでしょうね。日本には沢山のシステム開発案件が存在し、なぜかパッケージを使わずにそれぞれが自前のシステムを作りたがる。となるとそれぞれの案件にIT技術者が必要。大手に任せるにしても、彼らは上流の設計をやるだけで実際に手を動かしてコードを書くわけではない。案件に必要なスキルに見合った大量の技術者をマーケットからかき集めるための仕組みとして、日本ではSESという仕組みが定着したのですね。末端の技術者でも大手クライアントの最新案件に携われるというのはエンジニア的には魅力でもあります

見逃せないのは、未経験者の職能訓練の受け皿としての役割です。もうどこの大手IT企業にもイチから新卒を育てる余裕がなくなってきました。私が就活した当時は毎年千人単位で銀行の子会社や大手SIerが新卒を根こそぎ集めていましたが、もうそんな時代ではありません。となると、実質的に新卒または未経験者を採って育ててくれるのはSES企業くらいしかないんですよね。それもどこまで続くか、という懸念はありますが、今のところそれなりに育成機関としての存在意義はあると思います

SES事業のデメリット

これはもう非効率のひと言に尽きます。マーケットメイク的には致し方ないんですが、中間に何社ものSES会社が介在することで、それぞれにマージン抜かれて当事者には安い単価でしか仕事が降りてこない。当然エンジニアの給料も安く抑えられてしまう。全体で見るともの凄い中間搾取の構造なわけです。現場で仕事している身からすると、本来の働きが評価されていない、報われない、というやるせない思いが募ります

これはクライアント企業にとってのデメリットなんですが、案件の詳細を聞いているとどう考えてもパッケージの手直しで用が足りるケースが多いんですよ。SAPなりSalesforceなりkintoneなり、いまは優秀なツールが沢山あるので、それらをベースに使って少し手直しすれば殆どの業務には用が足りるんです。でもね、そこを既製品に満足しない日本人的な感性というか無駄な拘りというか、が邪魔をして、オリジナルのシステムをハンドメイドで作っちゃう。これはもうおちゃのこネットやってても日々痛感してまして、そんなに細かいカスタマイズの要望要る?と思うことが本当に多い。どうでもいいことにやたらこだわるんですよ。例えば配送料の細かい反映とか。そんなのざっくり全国送料統一、無料ルールも一本化、でいいはずなんですが、遠隔地や離島や、はては発送除外日やらポイントの反映ルールやら、ほんと細かい要望が多い。それってお客さんは望んでないと思うんですけどね。すっきりシンプルで、少しでも安くて、なるべく無料がいいに決まってるじゃないですか。そこを細かく細かく作り込んじゃう。日本人の良さと言えばそうなんでしょうが、大事の前の小事に労力使いすぎだと思います。この無駄感が日本中で積み上がっていると考えると空恐ろしい。日本人の一番苦手な分野がシステム思考だと思います。行政のDX化なんて先進国で一番遅れてますもんね

プログラマーという仕事への幻想

SES事業は人が商品なので、採用がキモになります。日々色んな採用シーンを見ていて感じるのが、異業種からの転職組の多さ。介護とか飲食とか営業職なんかからプログラマーになりたいと業界の門を叩く若者がいかに多いか。そして彼らは例外なく苦労します。それは業界側は未経験者を採りたくないから。昔はね、大手は若手をイチから育成する余裕があったんですよ。上でも書きましたが、私みたいなバブル世代組は本当に大手IT企業に大量採用が当たり前の時代で、千人単位で新卒採用がありました。IBM・富士通・NECを始め、各金融機関、なんてったって都市銀行が13行もあったんですよ。そしてそれぞれが第三次オンラインの開発なんていって大量に、文系・理系問わずに採用していたんです。いまは違います。もうどこも何年も人を育てる余裕はなく、銀行だって窓口に派遣社員が座る、いや窓口自体がなくなるご時世です。せっかく採用して教育投資してもすぐ辞めちゃうから、企業側も馬鹿らしくなるんですよね。かくして儲かるのは未経験者育成を謳う教育スクール会社だけで、大量の未経験エンジニア&デザイナーが世に送り出され、みんな仕事がなくて苦労する。だからね、若手のみなさん、プログラマーとかデザイナーという仕事に夢を見すぎなんです。個人的には、もっと昔ながらの手を動かす現場の専門職がいいと思うんですけどね。工業高校とか専門学校ってなんか過小評価されているんですけど、しょうもない大学に行くより手に職をつけることをもっと誇りに思ってもいいんじゃないでしょうか。「流行だから」「なんとなくカッコいいから」「将来性ありそうだから」とかより、自分が向いていること、好きなことを軸に置いてキャリアを考えた方が幸せになれると思うのです

IT業界のマーケットバランス

実はウチで長く営業してくれていた担当者が退職することになり、12月は私が自分で実際のSES営業活動をしてみました。結果的に凄く色んなことが見えて解像度が上がったのですが、ビックリしたのが市況感がよくないことでした。知人のベテランSES会社社長に聞いたところ、どうもこの三、四年でガラッとマーケットバランスが変わってしまったのだそうです。つまり従来は人手不足で、とにかくエンジニアの確保が至上命題だった。取引先から送られてくるメールも案件の募集が主体で、どこも必要な頭数を揃えられなくて苦労していた。ところがいまは、メールボックスに要員情報が溢れています。つまりプログラマーが余っている。全く見えている景色が変わってしまっています

これには色んな要因が考えられるでしょう。一つには、SaaS・パッケージ・ツール類の機能充実です。おちゃのこネットでもそうなんですが、当然ながら各社毎年プロダクトに新しい機能を実装し、できることは年々増えています。そうなるとスクラッチでイチから開発するより、既存のサービスを利用した方が早いし安上がり。機能の追加や接続部分の開発があるにしても、全てを手作りするよりはるかに工数が少なくてすみます。生成AIの開発現場への導入も進み、コードの初期実装やテスト工程においては明らかに生産性が上がっています。そして、この数年で起きた他業種からの未経験者の流入が、質はともかく数だけは大量に供給が増えてしまった。結果的に、案件に対してエントリーするプログラマーの数が増えてクライアントはエンジニアを選べるようになった。かなり慎重に吟味するので、昔より決まりにくくなっちゃったんですね。今はもう二年目から五年目あたりの経験浅層にとっては案件を見つけにくい受難の時代になってしまいました。これは少なくとも数年は続きそうです

いまSES業界にいる人へ

もしこれを読んでくれているエンジニアさんがいれば、あなたのいる会社はあなたの将来を託せる会社ですか、と問いたい。多くのSES企業は利益優先でエンジニアや社員のことをただの駒としか考えていません。これは紛れもない搾取の世界です。そんなところに長く居てはあなたの精神はすり減り、魂は死んでしまうでしょう。毎日暗い気持ちで満員電車に揺られているのなら、もっと良い環境を探してみるべきではないでしょうか

私が思うに、SES企業の営業とは、タレントエージェンシーのマネージャーに近い存在なのだと思います。担当しているエンジニアのキャリアを真剣に考え、将来につながる案件をアサインする。会社は情報を透明にし、ちゃんとエンジニアに単価を還元する。会社の都合でエンジニアを犠牲にしない。ここがちゃんとしていない限り、大きな会社だとか有名な看板だとかは全くあなたのプラスにはなりません。きちんと個人と向き合う会社を選ぶべきです

SES業界の未来

将来的にSES業界がなくなってしまうのか、それは私にはわかりません。ただ、年々社会はコンプライアンスを重視してホワイトな方向に進歩していきます。これは必ずそうです。昭和がよかったなんていっているのはオッサンのノスタルジーです。確かに右肩上がりの社会に活気はありましたが、どう考えても令和の今の時代の方が個人にとって良い社会だと私は断言します。パワハラという言葉が定着し、個人は守られているのです。まだブラック企業が存在していることは事実でしょうが、社会が許容しない以上、近い将来消え去っていく運命です。個人の人権が尊重されるのであれば、正社員だろうが派遣労働であろうが、あなたの幸せ指数に大きな違いはないんじゃないでしょうか。大事なのは、自分がちゃんと息ができる場所、あなたの得意が活きる場所、あなたが正当に評価される場所で生きていくことです。IT業界にマーケットの調整弁としてSES企業が必要とされる限りこの業態は残るのでしょうが、それがホワイト企業の集まりであるのなら、目の敵にしなくてもいいんじゃないでしょうか。一人でも多くの方が、毎日を愉しく暮らせますように

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