ビジネス界出身ながら世界水準のリーグを目指して3期6年目の村井満チェアマン(60)が、日刊スポーツで今年から執筆を始めたコラム「無手勝流(むてかつりゅう)」。独自の視点から、サッカー界をあらゆる角度から伝えてきました。最終回の今回は、2019年シーズンを総括します。その手腕で過去最高のJリーグ入場者数へと導いたチェアマンが考える「経営論」は、来るべき新年に向けても必読です。

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2019年の明治安田生命J1リーグは、リーグ最多得点を誇る超攻撃的なサッカーを展開する横浜F・マリノスの優勝でシーズンの幕を閉じました。元日には天皇杯決勝が開催されます。イニエスタ選手ら豪華なタレントを擁し初タイトルを狙うヴィッセル神戸か、J最多タイトルを誇る勝負強さが信条の鹿島アントラーズか、国立競技場のこけら落としのゲームが今から楽しみです。

マリノスはラグビーW杯の影響で、シーズン後半は収容数の小さなスタジアムでの開催を余儀なくされましたが、それでも平均入場数を昨年比5000人以上増やしました。同様に各クラブの努力により、今シーズンの総入場者数は1100万人を超え、過去最高を記録しました。Jリーグにとってこの1100万人はとても感慨深い数字です。

今から10年以上前の2007年、第3代の鬼武チェアマンが、2010年までに年間総入場者数を1100万人にする「イレブンミリオンプロジェクト」を立ち上げました。当時のJリーグの入場数は800万人台で、イレブンミリオンの入場数ははるか遠くの壮大な夢でした。それでもリーグとクラブは4年にわたって懸命な努力を開始しました。各クラブはホームタウンの商圏分析を行い、観戦者調査をもとに集客戦略を練り、リーグはスタジアムや周辺地域で子供たちに楽しんでもらおうと、全クラブに対してキックターゲット用のエア・ゴールを提供しました。リーグ主催の海外研修も3回にわたって実施し、本場のホスピタリティーを学びました。川崎フロンターレはアーセナルが地域のために学習教材に選手を登場させていることを知り、川崎市の小学生に配布するフロンターレ版算数ドリルまで作成しました。また、真の顧客サービスとは何かを一から学ぶため、東京ディズニーランドでの視察研修も実施しました。全クラブが連携し、こうした活動を継続したことで、クラブ職員間のネットワークも生まれ、多くの人材もこの時から育ち始めました。つまり、今年記録した過去最高の入場数は一朝一石にできたものではなく、こうした積み重ねの中で達成できたものなのです。

公益法人の役員の任期は2年です。ちまたでは「2年では短く、成果は出しにくい」との声も聞きます。ですが、私は必ずしもそうは思いません。なぜなら、経営者の役割は「果実を収穫すること」ではなく「種をまくこと」だと思うからです。将来に向けてどれだけ多くの種をまけるかは必ずしも特定の時間が必要なわけではなく、夢のある大きなビジョンや、多くの仲間と志を1つにできることの方が重要だと思うのです。今のJリーグの果たすべき役割は、先達のまいた種を大切に育てていくと同時に、次の10年後には、地域を核にしたJリーグが世界のトップリーグと肩を並べられるように、若手選手の育成やファンづくりに向けて新たな種をまき続けていくことが大切だと思っています。