My Life After MIT Sloan

組織と個人のグローバル化から、イノベーション、起業家育成、技術経営まで。

米国はネットを高速化するつもりがないらしい(その1)-バックボーンはつらいよ

2009-10-27 08:58:20 | 2. イノベーション・技術経営

アメリカはインターネットが遅い。
この国にはもともと光なんてものは無いが、今後も誰も投資したがらないであろう規則のドラフトが、先日FCC(米通信委員会)から下った。

ちなみに、この国では国民がインターネットの遅さに慣れてしまっている。
こんなことがあった。
今住んでるアパートにComcastっていうケーブルテレビのインターネットを引いたときのこと。

エンジニアのおじさんがうちにケーブルを接続に来てくれた。
「このプランは12Mbpsあるんだよ。速いでしょう?ダブルプランだから速いんだよ!!(嬉しそう)
 (速度を測定して)おー実効速度が6Mbpsもある!良かったね~。」

喜んでるので、「私は100Mbpsの国から来たんです」とも言えず、おじさんに話を合わせてみた。
遅いのはおじさんが悪いんじゃないし。

ちなみにComcastだけが遅いんじゃない。
この国には速いインターネットなんてものが存在しないのだ。
MITの学生だってAT&Tの3Gのデータサービス(8Mbps出ることもある)を使って、「普通のインターネットより速いんだぜ」と喜んでる国なのだ。

そんなところに、先日、FCC(米国通信委員会)がこんな提案が。
米FCC、ネット中立性規制の草案を公開 (INTERNET Watch)
英語原文 (FCC)

一言で言うと、「電話線は余計なことはするな」ということだ。
インターネットのバックボーン(電話線とか、光ファイバーとか)を提供する電話・ケーブル会社は、ユーザーのコンテンツの送受信を妨げてはならない、ということ。
わたしは、この規則が、ネットワーク高速化への設備投資の妨げになるんじゃないかと心配している。

これは、上に書いたComcastが2007年、Youtubeなどの重いデータサービスを多用しているユーザの実質上の帯域制限をしたことに対し、FCCがノーという裁定を下したところから始まっている。

Comcast側の言い分は、ユーザがどんどん重いサービスを利用すると、他のユーザが迷惑する。
迷惑しないようにするためには、Comcast側で多大な設備投資が必要になる。
ところが、この設備投資をしても、Comcastとしては一銭も売り上げが上がるわけじゃない。
だから制限したのだ、というわけだ。

更に、そもそもGoogleとかYoutubeとかが、大量のデータ送受信を必要とするサービスをどんどん出してるから悪いんじゃないか。
そういう人たちだけどんどん儲けて、バックボーンだけが設備投資をどんどんさせられるのはおかしいんじゃないか、という不公平感がこの議論の背景にある。
この問題を「ネットワーク中立性(Network Neutrality)」という。

ところで、バックボーンプロバイダーとは構造的に儲からない産業だ。
先日のMBAの「産業経済学」の授業でやったのだけど、
一般論として、次の3つがそろっちゃう産業は儲からない。
・多大の設備投資(Fixed Cost)が必要
・顧客を一人増やすあたりのコスト(Marginal Cost)がゼロに近い
・商品・サービスが差別化できない

商品自体で差別化できないと、価格だけの競争になりがちだ。
その上に、顧客を一人増やすためのコストがゼロに近い、となると
価格を安くしても、少しでも人を増やした方が儲かるので、競争してどんどん安くなっちゃうのだ。
で、最初にかかる、巨大な設備投資を取り返せなくなる。
だから儲からない。

つまり、この産業は、競争原理によって、構造的に儲からなくなる産業なのだ。
(「産業経済学」役に立つじゃん)

電話・ケーブル会社が、一部のヘビーユーザの使うコンテンツの送受信に制限をかけることは、
コストをかけずに顧客全体の満足度を上げる、せめてもの方策だった。
それが、今回のFCCの裁定で否定された、というわけだ。
ただでさえ儲からない産業なのに、更に儲からない方向へ行けと。

加えて、一部のコンテンツ・サービスへの優先を与えてはいけないのだという。(条項5)
Youtubeなどを使うと、回線が遅くなるから、使用を制限する、というようなことは一切やっちゃダメ、というのは分かる。
バックボーン側が、そういう「差別」をして、一部のサービスだけが使えないのは不平等だから。

ただし、この条項は解釈が難しいが、この分だと、電話・ケーブル会社自身が提供するサービスを提供しやすくするために、バックボーンをカスタマイズしたりすることも禁止される可能性が高い。
つまり、「電話線は余計なことはせず、電話線だけ出せ」というわけだ。

そうすると、GoogleやYoutubeは、儲かるコンテンツビジネスだけやってるのに、ウチは儲からないバックボーンもやって、何の得も無いじゃないか!
と、電話・ケーブル各社は思うことだろう。

(もちろん、「だったら辞めれば」といわれても辞められない彼ら自身が悪いって話もある。
 バックボーン会社に明日からGoogleになれ!と言ってもそんな人材や仕組みは無いわけで、しこしこバックボーンをやっていくしかないのだ)

「光ファイバー」だって、もし提供して、バックボーン以外で儲かるなら、やってもいいと思ってるだろう。
でも上記によると、コンテンツとのバンドル販売は禁止だ。

そんな状況で、誰がネットワークを速くするために、これ以上儲からない投資をするのか?

恐らく誰も、光ファイバーどころか、今より速いADSLに投資することすらしないだろう。
そして、きっと、アメリカのインターネットの速度は、最高で12Mbpsのままだ。
速くなることはないだろう。

誰かが一人で投資し始めても、「独禁法」の壁にぶち当たって、せっかく投資したものを競争相手に分けなきゃならなくなったらバカみたいだしね。
(これをゲーム理論でWar of Attritionという。)

アメリカ経済の根本にある「競争原理」。
消費者が安く良いものを手に入れ、よりよいイノベーションが生まれるのに、とても役に立っている。
しかし、構造的に儲からないと分かってる産業を追い込んで、未来への設備投資を制限することが、本当に目指すものなのか?
別に電話会社やケーブル会社の味方をするつもりはないが、このままじゃ誰も投資しないのはまずいよね?

いや、この国で別にインターネットがこれ以上速くならなくて良いなら、それでもいいんだけど。
国民も満足してるみたいだし。

その2はこちら→) 米国はネットを高速化する気が無いらしい(その2)-困るのはGoogleでは?

追記)速度はラストワンマイルが効いてくるのでは?という指摘がありますが、そうかもです。(ご存知の方コメントどーぞ)
でも、ラストワンマイルにこそ投資が必要ので、構造は同じ話。
(ていうか、上の記事ではちゃんとバックボーンとラストワンマイルを区別しておらず)

追記2(2009/10/29) あちこちでこの記事が引用されてるようで、大変ありがたいのですが、記事が長くて分かりにくかったらしく、意味合いが間違って伝わってるケースがあるようです。
なので、筆者による要約。

・アメリカは、日本に比べインターネットが遅い。光回線などはなく、12Mbpsなどが「速い方」である。 
・バックボーンプロバイダー(回線だけ供給する事業者)とは、構造的に儲からない産業である。理由は3つ。
・しかし、先日FCCから、「回線業者は、上を走ってるコンテンツの邪魔をせず、回線に徹しろ」という内容のお達しが出た

・この意味合いは、一つ目に、YoutubeやP2Pコンテンツなどの利用でユーザトラフィックが増えて、インターネットが遅くなっても、回線事業者が設備投資するなどで対処しろということになる。
(もしくは設備投資しないで、ユーザーに、遅い!12Mbpsなんて嘘じゃないか!と文句を言われても良いが、いずれにせよ、回線事業者が矢面に立て、ということである。)

・これでは、今後、バックボーンプロバイダーたちに、「インターネットを速くするための新規の追加投資(光ファイバーなど)をしてくれ」と言っても誰もしないだろう。
・そうするとアメリカのインターネットは遅いまま。これでいいのか?


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22 Comments

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (珈琲男)
2009-10-27 09:53:21
まさに私の関心のど真ん中です。この話。

産業経済論(のなかでも特に産業組織論)も、それを逆手にとった競争戦略論も、それから独占禁止法も、この話を考えるのにまさに有用な知識だと思います。もっと勉強しなきゃなあ。

この間、ウォートンのコミュニケーションのクラスでこの話題をネタに熱弁をふるったのですが(はい、かなりマニアックでした)、そもそも「ネットの中立性」の議論そのものを知らないアメリカ人の多いこと。講師の先生も、いやー、はじめて聞いたよ、その話題、だそうな。いやー、この国のインフラに満足してちゃいかんでしょ、と思うんだけどな。

来週から始まるロースクールのクラスの教授は、ネット中立性の論客の一人だとか。かなり楽しみです。
設備投資 (Willy)
2009-10-27 12:03:59
>多大の設備投資(Fixed Cost)が必要

一般的には、多額の設備投資が必要な方が参入障壁とリスクが高いので利益率は高くなるのでは?また、アメリカでネットが高速化しないのは人口密度が低くて設備投資費用が高額のためサービスの値段が高くなるのが一番の原因かと思ってました。
とりいそぎ (Lilac)
2009-10-27 12:13:32
>珈琲男さま

へえ・・Whartonはやはり金融の学校だからですかね?
MITではNetwork Neutralityを知らない人の方が少ないと思います。

>Willyさま

>一般的には、多額の設備投資が必要な方が参入障壁とリスクが高いので利益率は高くなるのでは

セオリーではそう見えると思いますが、実際の世の中では皆が一気に参入しちゃうので、利益率が下がるのが常。
商品の差別化可能性と一緒に考える必要があります。

半導体業界然り(差別化できる一部のロジック半導体では利益率高いが、コモディティになりやすい一部のロジックやメモリは利益率低い)
液晶パネル(既にコモディティ)然り、です。

>ネットが高速化しないのは人口密度が低くて

それはあるでしょうね。大きな国ですからね。
やっぱりこうなったらWiMAXしかないかな・・・(笑)
設備投資だけじゃなく3つそろってるからでしょ? (なすび)
2009-10-27 12:18:04
>多額の設備投資が必要な方が参入障壁とリスクが高いので利益率は高くなるのでは?

文中にもあるように、多額の設備投資に加えて
下記の2つがあるから儲からないんでしょ?

・顧客を一人増やすあたりのコスト(Marginal Cost)がゼロに近い
・商品・サービスが差別化できない
おっしゃるとおりです! (Lilac)
2009-10-27 12:39:26
>なすびさま

有難うございます。自分で書いてましたね、私。

ちなみに私が上で書いた半導体とか液晶はMC>0ですが、それでもぎりぎりまで価格競争が起こって、利益率があれだけ下がるんですね。
(でもMCに差があるので、全員は死なない)

これがMC=0になると、コスト競争力がなくなるので、ホントに全員儲からない。
アメリカの航空業界がそうですよね。
Unknown (珈琲男)
2009-10-27 12:53:04
すみません、サンプル数が学生5人(私を含む)のクラスなので、統計学的には有意ではないかも知れません(笑)。でも、きっとMITのほうが集団としての関心が高いのは間違いないでしょうね。
Unknown (あ)
2009-10-27 12:54:24
そろそろ携帯で光通信を超える日は近いので
光ファイバー業者はあぼーんする日が近いですよ。
携帯なら敷設コストかからないだろうし、開発費は海外がしのぎを削って出してくれます。

待ち構えてウマー。
今日はコメント多いですねー (Lilac)
2009-10-27 13:07:30
>珈琲男さま

いや、こちらこそすみません。さっき取り急ぎで返事をしたので・・・(ていうか気になって勉強が進まない・・まずい)
MITも色々いますが、やはりエンジニア出身者が多いのと技術に対する関心はやっぱりMBAの中でも多いのでしょう。
あとMITでは授業で何度も取り上げるから、みんなも知ってるというのもあると思います。

そのロースクールの先生がいらしたら、ブログでも取り上げてくださいね。楽しみにしています

>あ さま

どうでしょうねー。携帯も4Gともなるとコスト半端じゃないですからねー。
ちなみに、私の技術戦略の授業のチーム(カザフスタン人エントリ参照)では、「4Gに未来はない。2G/3G+WiFi携帯がアメリカを支配する」シナリオになっております。

携帯のWiFiは典型的な破壊的イノベーションだと思いますね。
こっちはiPhoneが出てから当たり前になりました。
おかげで携帯でSkypeできます。

ただ、光通信が諸所の事情で進まなければ、当然携帯が有利になるでしょうね。
Comcastの行為について (珈琲男)
2009-10-27 14:47:57
そうそう、Comcastを代表して公聴会で証言した副社長とちょうど一年前に食事会をさせていただく機会がありました。(本社はフィラデルフィアにあります)。
http://coffeeman.blog59.fc2.com/blog-entry-55.html

正確には、帯域制限というよりも、P2Pトラフィックの遮断をFCCが問題視したようですね。ごく些末なところですが、ネット中立性の議論って、とことん技術論にいけてしまうんですよね。だからこそ、ちょっと私としては大きな視点を持ちたいなと思いながらこの問題を考えようとしてるとろこです。ああ、明日のレポートと予習がまだ終わってない・・・。もうすぐ2時か・・・。では。

寄稿のお願い (ガジェット通信編集部)
2009-10-27 20:23:01
Lilac様

アメリカはインターネットが速いと思っていました。

私どもは『ガジェット通信』というWeb媒体を運営しております。
突然なのですが、こちらの記事を『ガジェット通信』に寄稿という形で掲載させていただけないでしょうか。

よろしければ、こちらのメールフォームより、ご返信いただけるとありがたいです。
http://getnews.jp/mail

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