リスクへの向き合い方

「普通の投資」を始めよう

とてもいいエントリーですね。私が知る限り、普通の人、特にサラリーマンは、投資を特殊なものと考えています。株に手を出して酷い目にあったとかネガティブなイメージばかりで、リスクを過大視する人が多い。しかし、時代は変わりました。どんなに大きな会社でも潰れる時は潰れます。ましてや体力のない小さな会社なら、自分のことは自分で守る姿勢が大事。だって何かあっても誰もあなたの面倒は見てくれないのだから。

であれば、なるべく若い頃からリスクを評価し、向き合い、どうヘッジするのか、考える癖をつけたほうがいい。そのための訓練としての投資という意味なら、それは万人に必要なスキルと言えると思います。
人生には、投資以外でもたくさんの「リスクをとる機会」が現れます。

転職、結婚、離婚、出産、海外移住、病気になったときの治療方針などなど。

人生でリスクをいっさいとらずに生きていける人なんてほとんどいないはず。

人生を歩んでいくために不可欠な「自分が望む物を手に入れるためにリスクを取って決断し、その結果が良くても悪くても自己責任として冷静に受け入れる」という態度が、投資によってものすごく実践的に身につく。

私は高校生の息子にも証券口座を開設するつもりです。勉強を始めるのに早すぎるということはないし、逆に遅すぎるということもないのです。まだの方は、真剣にお考えになってみてください。

トレンドの向き先

この先、世の中はどこに向かうのだろう。いわゆるトレンドというヤツについて考える。ボンヤリと感じているものを整理してみる。

●組織から個人へ
 今までずっと、組織が優先されてた。会社、チーム、地域コミュニティ、国。個人はチームのために尽くせ、周りに合わせろ、我を張るな。そういう同調圧力にさらされ続け、自分を抑えてきた。このバランスが個に傾きつつあるのを感じる。原因は、個人が情報発信手段を手にしたことにあるのだろう。マクルーハンが言う通り、メディアの変化は社会を変える。

●義務から愉しみへ
 マズローの欲求階段を上がるがごとく、仕事への向き合い方も高度化している。食べるために働くから、自己実現へ、そして遊びへ。低次な仕事はどんどん機械化、ロボット化されていく。社会を構成するための最低限の仕事は人間がする必要がなくなり、ベーシックインカムが実現するかもしれない。その時、人は何をするのか? 残るのは、遊びしかないのだと思う。絵空事だろうか?

●分散と統合
 コンピューターの歴史は分散と統合のシーソー。大型汎用機(統合)→ダウンサイジング(分散)→Web(統合)→モバイル(分散)。さて次は統合の番かな? 中心となる勝ち組サービスにデータが集約化される流れに見える。Google、Amazon、Facebook、Apple、そしてビットコイン? ここはよく分からないし、これからいくらでも新しいサービスが登場すると思う。10年後なんて誰にも予測できない。

トレンドと社会のニーズの解決がマッチしたとき、そのサービスがブレイクするのだと思う。それを意図的に作り出せるのか、運なのか。一つ確かなのは、チャレンジしない者にはノーチャンスだということだけだ。

大塚家具から学ぶべきこと

大塚家具、身売りへ 提携先のTKP軸に最終調整

私は大塚家具を揶揄するつもりはありません。久美子社長も勝久前社長も、それぞれが精一杯の努力をなされたのだと思います。それでも反省点があるとしたら、親子で力を合わせて難局を乗り切る体制が作れなかったのか、というところでしょう。実際問題、身内は揉めやすいんですけどね。恥ずかしながら私も父親とはぶつかりっぱなしで、この歳になってもなかなか素直になれません。双方が我を通してしまうのは、ある意味甘えの現れなのです。他人同士なら相手への配慮や尊重が働くのに、近い血縁者ほど感情むき出しになってしまう。普通に進めていても、高級路線も、大衆路線も、どちらも上手くいかなかったのかもしれない。それでもやはりこの結末は後悔が残るし、後味悪いですよね。一番悲しんでいるのは、古くからの顧客なんじゃないでしょうか。創業は易く守成は難し。私もこの言葉の意味を重く受けとめています。

時流に乗るということ

サイコパス的創業者の明暗を分けるのは何か – スティーブ・ジョブスとエリザベス・ホームズの考察

渡辺千賀さんのBLOGは好きで、ずっと拝見しています。このエントリーにも示唆が沢山詰まっていて、考えさせられます。この、時流に乗る、というところが偉大な結果を出すために重要なポイントで、ここを天性の勘なのか運なのかわかりませんが、乗っかれた者が勝者になるわけです。ジョブスは乗れた。ホームズは無理なターゲットを追ってしまった。

さて、私はどうか? 今まさに試されているのですね。自分を信じるしかありません。

Kさんの遺稿

先月末にKさんが亡くなりました。まだ還暦前の若さで、わずか一年半の闘病生活でした。ご本人、さぞかし無念だったことでしょう。当初はご自身の病気を隠していたKさんが、途中から友人に病状をオープンしてFacebookで日記を書いてらっしゃいました。その遺稿が手元に届きました。

まだ全部は読んでいませんが、生前のKさんの様子が目に浮かぶ生き生きとしたタッチに、みんなから慕われていたお人柄が偲ばれます。実は娘もこの文のファンで、私以上の読み耽っています。まだ中一ですけど、さすがは文学少女。感じるところがあるのでしょうね。

虎は死して皮を留め、人は死して名を残す

私は死んだ後にどんな評価をされるのだろう。どんな人間だったと思われたいのだろう。人の評価を気にして生きていても仕方ないのですが、人の死を身近に経験するとやはり自分の身に置き換えて考えてしまいます。たぶん、答えはひとつ。後悔のないように生きる。それしかないのでしょう。

あなたは後悔のない毎日を送れていますか?

運のいい人、悪い人

15年間も世界で勝ち続けたプロギャンブラーに 「運を最大にする方法」を聞いてみた

運って気になりませんか? 曖昧で根拠を示すのは難しいのですが、でもなんとなくみんながあるだろうなと感じている運。やっぱり誰でもツイてる人と一緒に居たいし、ツイてない人には近寄りたくない。出来れば自分も運のいい人になりたいし、そうであると思いたい。その運とは何かをプロギャンブラーが語った記事です。
運を最大に高める秘訣はズバリ、「運という概念を捨て去ること」です
いきなり切り込みますね。
“運の流れ”というのは全て、錯覚です。運とはランダムに生じます。いかなる場合でも、コインの表と裏が出る確率は1/2ずつです。
なるほど。つまり人間の感情が余計なバイアスになって、本来ランダムであるはずの運の出現を歪めてしまうのですね。それは納得できます。では我々はどうするべきなのか。
要は、一喜一憂するかわりに、勝つためにできることを本気で淡々とやり続けましょう、ということですね。

そうすれば、仕事でも勝率9割の境地に達すると考えています。
実力を上げろという身も蓋もない結論なんですが、真理はいつもシンプルなんですね。黙って精進することにします。

変わるのではなく、引き出しを増やす

私は元々随分気の短い性格です。今まで何人の社員を泣かせたことかしれません。私の父親も祖父も大層気の短い人だったので血筋かなとは思いますが、そこを言い訳にしていてはいけませんよね。でも最近は少し丸くなったと言って貰えることも増えました。でも、それは違います。

人間の性格は、恐らく変わりません。よほどの経験をしても、生まれ持っての気質というのはそんなに簡単には変化しないのです。だから何か自分の欠点があったとしても、それを変えようと思うことは大変ツラいことだと思います。恐らく変われない自分に対して自信をなくす結果になるんじゃないでしょうか。それは不幸なことですよね。

私が教わったのは、変えようと思わず、引き出しを増やそうと考えなさい、ということでした。自分そのものはなにも変えなくていい。その代わりに、今までなかった新しい対応方法や、スキルを獲得する。つまり例えば怒りを覚えたら、そこですぐに吐き出さずにいったん溜めて客観視するメソッドを身に付ける。これが即ち成長するということなのです、と。

元々の自分を否定しなくていいのは気分が楽です。新しいスキルを獲得するのだと考えると、気持ちが前向きになれます。私はこの考え方を教わってから、自分の性格とポジティブに向き合えるようになった気がしています。色んな意味でオススメの考え方です。

北海道事情

久し振りに札幌に来ています。景気はどうですかと尋ねましたら、いやあそれほどでも、というお答え。インバウンドで潤っているイメージでしたが、一部の交通インフラとホテルがいいだけで全体の景気感はそこまで良いわけではないようです。

そもそも北海道は夏場が観光シーズンで、冬場はオフ。雪祭りで一瞬賑わっても、冬の商売はシンドイとのこと。爆買いもしなくなってきたので販売店もよくなくて、ホテルは夏場の稼働を冬に吐き出して一年トータルではあまり儲からないのが実情なのだそうです。ニセコに外国人が押し寄せているなんて聞いてたので、もっとイケイケなカンジなのかと思っていました。

一年のうち4ヶ月は雪が積もる北海道、まだまだ本格的に観光で儲かるところまではビジネスモデルが構築できていないんですね。メディアから伝わる情報で判断せずに現地調査は大事、最後は自分の目で見て判断しないといけないなと感じました。

フランスvs.クロアチア

ワールドカップの決勝戦は、フランス対クロアチアという組み合わせになりました。これ、なかなか対照的で面白いカードですね。フランス代表は70%が移民の出自、対するクロアチアは歴史的に純血集団。グローバリズムとローカルの戦いみたいな側面もあって、どちらが勝つのか興味津々です。

今は多様性とかダイバーシティの重要性が喧伝されていて、移民の導入で活力を取り戻せという論調をよく見かけます。しかし天の邪鬼な私は、本当にそうだろうか、と疑ってしまいます。確かに、偏った価値観しか持ち合わせない集団と多様性を備えた集団が戦えば、多様性集団の方が強いでしょうね。しかしながら多様性は質のバラつきというマイナス要素がついてきます。アメリカが典型で、圧倒的に質の高い人材がいる代わりに、社会は荒れるんですね。日本はこれを真似すべきではないと思っています。

女性が深夜に独り歩きできるのは日本くらい、とよく言われます。海外旅行をすれば誰もが日本の治安の良さを再確認しますよね。この良さは、一度失われると二度と戻らないのです。安易な移民受け入れは日本社会の良さを壊してしまうという危惧を抱いている人は多いのだと思います。

では、どうするのか? 私は、多様性とクオリティの両立は追求できるんじゃないかと考えます。日本社会の質を落とさずに、活力を取り戻す。それをもたらしてくれるのが、情報化なんじゃないでしょうか。つまり、物理的な国境を越えて人が移動しなくても、ネットワークでグローバルに繋がるチームの編成。これができれば、いいとこ取りができると思うのです。これが働き方改革の真の理想形で、日本が国をあげて目指すべき方向性だと思います。

場所に縛られずにITを賢く使う、組織よりも個人を尊重し多様な価値観を認める、食べるために嫌々働く仕事から楽しい自己実現への転換、国境を越えて繋がる個人の時代。なんだか新しい時代の風を感じませんか? この21世紀型の働き方を、進んでいる会社は先取りしつつあります。サイボウズ、ZOZO、リクルートなんかがそうですね。これは経営者に決定的な価値観の転換を求めますから、対応は簡単ではありません。でも未来はこの先にしかない気がしています。先んずればすなわち制す。前に進む勇気を持ちたいですね。

社員の自発性と質問力

理不尽を受け入れること──質問責任と説明責任が大事

前にサイボウズの青野さんの講演を聴いて、印象に残ったのが「質問責任」という考え方です。当時も今も、社員に自発性が足りないなと感じていて、どうしたらもっとみんなが積極的に仕事に取り組んでくれるのだろう、意見を表明してくれるのだろう、と考え続けています。これには色んな原因があると思います。

一つは、私の聴く姿勢。少し前に書いたのですが(話を聞くスキル)、時間と労力をかけて個別に面談をしているつもりでいても、実はちゃんと話を聞けていないのではないか、最終的にこちらの話を押し付けていただけなのではないか、というのは大きな反省点です。確かに、話の途中で分かった気になって、「それってこういうことだよね」「君が言いたいことってこうだよね」と口を挟んでしまうことが多々あったと思います。それは結局相手のための時間ではなく、自分の意見を主張するための時間。それではいけないんだな、と改めようとしています。

もう一つは、組織の文化、風土の問題。これはメンバーが悪いのではなく、制度設計の問題だと思っています。確かに、私がいたリクルートという組織は非常に自発性の高いメンバーの集まりで、特別な制度がなくても自由闊達な空気に満ちていたと思います。でも、そこに恐らく最初の採用段階で自発性の高いひとを選ぶ仕組みがあったのでしょうね。そして採用後もそれを後押しする社内の制度が設計されていたはずです。その仕組みは何らかのカタチで取り入れたいと思っています。そのいい参考例が、冒頭にご紹介したサイボウズさんの「質問責任」という考え方なのではないでしょうか。

どんな会社にも創業者がいます。特に小さい会社では、その影響力は大きいものです。個人のキャラクターや考え方に組織の色が着きます。恐らく、放っておくと上意下達の雰囲気に染まってしまうのでしょう。これはこれで効率のいい組織という面もありますが、創業者が間違ったり、センスがずれていると最悪です。誰も修正できませんからね。リーダー一人の力量だけに依存せずに、本当にメンバー全員のポテンシャルを活かすためには、ひとりひとりの自発性が欠かせません。だれもが自分の会社だという思いをもって当事者意識を発揮してくれなければ、大きな発展はないのだと思います。大きくなった会社は、これに成功したということなのでしょう。カリスマって、それを意識せずに実現させる能力と言えるのかも知れませんね。

なかなかハードルの高い取り組みですが、チャレンジしてみます。

イケてる関西を作る!

最近、関西が博多にボロ負けという話を聞きます。東京じゃないですよ、博多ですよ。これ、ことIT業界に限定すると紛れもない事実なんですよね。関西在住の人っていまだにプライドは高くて、「東京に負けたくない」って気持ちがどこかにあるんですけど、実態はそんな段階はとうに過ぎて博多に追い抜かれてしまっているのです。この自覚がないのが更に問題です。

実例を挙げます。IT業界ならだれもが知ってる著名な求人サイトが関西では全くクライアントを獲得できずに苦戦しています。エンドユーザーはみんな使ってるのに、企業側の認知がビックリするくらい低いのだそうです。東京からはもっとやれるはずとプレッシャーを掛けられて大変と。お察しします。こんな話をあちこちで聞くのです。どうしてなんでしょうか?

一つは、関西が伝統的にモノづくりの風土に染まっているのが原因かもしれません。良いものを安く、という価値観からはITって得体のしれないいかがわしいものにしか見えないのかもしれませんね。昔の強みがレガシーになってしまっている気がします。

もう一つは、イケてる成功例が少ないこと。これは鶏と卵の話なのですが、身近にイケてる企業、起業家が少ないから、刺激を求めてみんなすぐに東京に行っちゃうんですよね。だから東京で活躍している人で関西出身者は結構多いのですが、地元は空洞化してしまっています。これではメンター役がいなくて若い人が相談できる環境にありませんし、なにより気の利いたVCがなくてお金が回りません。ではどうすればいいのか?

私はまず誰かがイケてる成功例を作るところがスタートだと思っています。そこそこじゃなくて、圧倒的な成果。今ならメルカリやZOZOクラスの成功例を関西に作る。それができれば、後追いでベンチャーのエコシステムが出来上がっていくと思うのです。

私は関西に拘りたいし、関西にはそのポテンシャルが間違いなくあります。同じ志を持つ起業家も潜在的には沢山いるはず。大きなゴールを目指したいですね!

災害とリモートワーク

近年希に見る豪雨で、関西地方の交通も麻痺状態です。JR・私鉄は運休、道路も山岳部を中心に通行止め。こうなると、物理的な人の移動はハードルが非常に高くなってしまいます。こんな状況で出社をしなければならない会社と、リモートワークで済む会社。この差は大きいのです。ウチでは遅ればせながらですが、少しずつリモートワーク体制を導入しつつありまして、エンジニアの開発チームはほぼ導入完了。サポートチームは前準備段階。ショップ担当は体制が取れていない。そんな状況です。エンジニアチームは、ここぞとばかりにリモートワークしてアピール(笑)。実は私も年中リモートワークしてるようなものなので、オフィス環境に縛られる愚は重々承知。その時その時、最適な場所で、最適な仕事環境を柔軟に選べた方がいいに決まってます。

ここは企業のカルチャーが問われる場面だと思うのです。何をするにも決裁や手順だらけで柔軟性に欠ける大企業、小さくても新しい価値観を受け入れられない古い体質のオーナー企業。色んなケースがあるでしょうが、働き方改革は掛け声ほど簡単なものではありません。21世紀型の企業として適応できるかできないか、まさにその踏み絵なのです。決して流行に乗っかっているだけとか、IT企業だからできるんだ、とか思ってはダメなんです。このカベを乗り越えられないと、これからまともな人材の採用ができなくなると思います。既にその傾向はじわじわと現れていると思いますが、どれだけの企業がそれに気付いているか。逆に言えば、中小零細企業にとってはチャンスです。どうせ来る波なのなら、先んじて乗っかってしまいましょう。経営者の考え方を切り替えるだけで、大きな飛躍のチャンスがそこに隠されていると感じます。ピンチはチャンス。良い機会の到来なのです。

話を聞くスキル

週末にとある方との出会いがありました。初対面なので詳しいことは存じ上げませんが、介護関係のお仕事をされている方と伺っています。美味しい焼肉を食べながら、話はいつしかカウンセリング方面に。それは、相手の話をちゃんと聞く、ということ。お話しを伺いながら、「あー、私は聞いてるつもりでちゃんと聞けてなかったんだな。結局口を挟んで自分の意見を押し付けてただけだったのかも」と思いました。それは薄々感じていたことではあったのですが…。「特に男の人って必ず口を挟みたくなるんです」とも仰ってたので、習性みたいなものもあるのかもしれません。本当は話したいことがまだあるのに、途中で話を打ち切られて、分かったような顔をされると逆にストレスが溜まる、と言われてギクッとしました。会社でOne on Oneの面談をしているのですが、実は3割りくらいしか吐き出せてなかったのかも知れませんね。これじゃイカンな、と反省しました。

ラポールとは|1分でわかるラポールの意味と目的

”ラポール”とは心理学やカウンセリングでよく使われる用語で、お互いの信頼関係を表します。これがないと、そもそも本音を出そうという気になりません。その信頼関係をどうやって作るのか? 傾聴力というスキルがあるそうです。

傾聴力HP|傾聴・カウンセリングの力をつける
人の根源的な欲求が満たされる「傾聴の効果」

場数を踏んで経験を積むことで養われていくのでしょうが、根源的には相手の話を聞こうという気持ちを持つことが一番大事なのだと思います。よくよく意識して、このスキルを身に付けたいと思っています。

移民を受け入れるべきか?

サッカーの試合を見ながら、高校生の息子と「日本は移民を受け入れるべきか?」なんて話になりました。こんなことを話せるようになったんだな、と感慨深くなりましたね(笑) なかなかディープなテーマなんですが、息子の意見は「このままでえんとちゃうん」でした。奇しくも、私と同意見です。

確かに単一の価値観で硬直化した社会になると、柔軟性が失われ、変革が遅れて劣化します。もちろんその危険性はよくよく分かっておかなければなりませんが、しかし今は21世紀。情報のシャワーをシャットアウトできるわけもなし、勝手に色んなインフォメーションは入ってきます。であれば、少々人材の流動性が低くても変革のプレッシャーはありますよね。それならば、徒に拙速な移民政策を進めてせっかくの日本社会の良さが失われることの方を危惧します。今さらアメリカのマネをしても追いつけないのですから、日本人の価値観や行動様式を残してそこをストロングポイントとして活かす戦略を採った方が得策だと思うのです。人口減と多様性の確保は最低限度でいいんじゃないでしょうか。純日本人チームでも予選リーグを突破できることは証明できたので、この路線キープでいいと思っています。

西野監督の決断について

日本代表、ポーランドに負けはしましたが、決勝トーナメント進出を決めました。素晴らしい成果にまずはおめでとうと申し上げます。

その上で個人的に感じること。まず一つ目。一番真剣にものごとを考えているのは、当事者。ですから外野は外野であることを自覚して、当事者に尊敬の念を持って見守るのが本筋です。あれこれ言うのは勝手ですけど、所詮素人の戯れ言ですからね。岡田監督もそうでしたよね。けちょんけちょんに言われてたのに、南アフリカ大会で結果を出したら急に英雄扱いされて、今までの論調はなんだったのかと。特にメディアはモノを言うのが仕事なのですから、自分たちの言説には責任を持って欲しいです。だから尊敬されないんですけど。というわけで、私も西野監督の判断自体は尊重しますし、結果を出したことは手放しに凄い事。快挙にまずは拍手です。

その上で思うこと。私には、ああはできないですね。これは岡田監督も言ってます。

結果出たんだから、西野さんの勝ち/岡田武史論
自分は小心者だからね。ビビって攻めにいくな

小心者だから、というのは岡田さん一流の謙遜だと思いますが、私が何より思うのは、自力で結果を出すチャンスが目の前にあるのだから、それを放棄して他力に依存することは危険だということです。今回は結果が良い方に出ました。その良い結果が出る確率を計算しての決断なら言うことはないのですが、果たして最初からそこまで考えていたのか。少なくとも試合前には、勝ちに行く、と言ってるわけですからね。試合途中での方針変更が選手に正しく伝わるか、そしてその確立見通し通りに他者が動くかどうかは保証の限りではありません。もし、セネガルが一点取って追いついていたら? その時西野監督は自身の方針を後悔しないのでしょうか。私は凄くすると思います。私なら、悔やんでも悔やみきれない気持ちになると思います。だから、その後悔をしたくない思いを優先して、ポーランド戦でも引き分け狙いで攻めたと思うのです。これは、正しい、正しくない、という話ではありません。この問題に正解なんてないのです。あるとすれば、哲学や価値観の相違ですよね。だって、同じことを南米のチームがやったら、素晴らしいマリーシア(ズル賢さを意味するサッカー用語)なんて褒め称えられるのでしょうから。その意味では、日本サッカーも厚みを持ちだしているということなのだと思いますね。

外野の雑音はほっておけば良いのです。大事なのは、決勝トーナメントの対ベルギー戦です。ここを全力で攻めて、世界を驚かせて欲しい。結局、評判や世論なんて、行動でねじ伏せていくしかないんですよ。監督も選手も、みんな心に期するところがあるはず。目にもの見せてやりましょうよ。ホンモノの侍精神を!