社員の自発性と質問力

理不尽を受け入れること──質問責任と説明責任が大事

前にサイボウズの青野さんの講演を聴いて、印象に残ったのが「質問責任」という考え方です。当時も今も、社員に自発性が足りないなと感じていて、どうしたらもっとみんなが積極的に仕事に取り組んでくれるのだろう、意見を表明してくれるのだろう、と考え続けています。これには色んな原因があると思います。

一つは、私の聴く姿勢。少し前に書いたのですが(話を聞くスキル)、時間と労力をかけて個別に面談をしているつもりでいても、実はちゃんと話を聞けていないのではないか、最終的にこちらの話を押し付けていただけなのではないか、というのは大きな反省点です。確かに、話の途中で分かった気になって、「それってこういうことだよね」「君が言いたいことってこうだよね」と口を挟んでしまうことが多々あったと思います。それは結局相手のための時間ではなく、自分の意見を主張するための時間。それではいけないんだな、と改めようとしています。

もう一つは、組織の文化、風土の問題。これはメンバーが悪いのではなく、制度設計の問題だと思っています。確かに、私がいたリクルートという組織は非常に自発性の高いメンバーの集まりで、特別な制度がなくても自由闊達な空気に満ちていたと思います。でも、そこに恐らく最初の採用段階で自発性の高いひとを選ぶ仕組みがあったのでしょうね。そして採用後もそれを後押しする社内の制度が設計されていたはずです。その仕組みは何らかのカタチで取り入れたいと思っています。そのいい参考例が、冒頭にご紹介したサイボウズさんの「質問責任」という考え方なのではないでしょうか。

どんな会社にも創業者がいます。特に小さい会社では、その影響力は大きいものです。個人のキャラクターや考え方に組織の色が着きます。恐らく、放っておくと上意下達の雰囲気に染まってしまうのでしょう。これはこれで効率のいい組織という面もありますが、創業者が間違ったり、センスがずれていると最悪です。誰も修正できませんからね。リーダー一人の力量だけに依存せずに、本当にメンバー全員のポテンシャルを活かすためには、ひとりひとりの自発性が欠かせません。だれもが自分の会社だという思いをもって当事者意識を発揮してくれなければ、大きな発展はないのだと思います。大きくなった会社は、これに成功したということなのでしょう。カリスマって、それを意識せずに実現させる能力と言えるのかも知れませんね。

なかなかハードルの高い取り組みですが、チャレンジしてみます。