ロサンゼルスにあるネットフリックスのオフィス。コンテンツ調達の拠点だ。
アップルが定額制(サブスクリプション)での映像配信事業への参入を発表した。このジャンルは多数の競合が存在する。中でももっとも手強いのは、世界最大のサブスクリプション事業者であるネットフリックス(Netflix)だ。
同社は3月18日と19日(米国時間)、ロサンゼルスの同社オフィスで、プレス関係者を集めての年次報告イベントにあたる「Netflix Labs Day」を開催。ちょうど、アップルの発表会の1週間前だ。
あらためてアップルの発表を比べてみると、両者の立ち位置の違いがはっきりとしてくる。
アップルには作品提供せず
ネットフリックスのリード・ヘイスティングスCEO。
「アップルは素晴らしい企業だが、我々は、我々のサービスの上で、我々が作ったコンテンツを見てもらいたい。彼らのサービスには参加しない。競合から学ぶことはできるが、競合とともにビジネスをしようとは思わない」
ネットフリックスのリード・ヘイスティングスCEOは、アップルのサービスへの参加について記者に問われ、そう答えた。
アップルには自社オリジナルコンテンツのほかに、他のケーブルテレビ局やネット配信事業者のサービスを「Apple TVアプリ」から契約した上で使えるようにする「Apple TVチャンネル」という仕組みがある。
アメリカでのネットフリックスのライバルの1社、Hulu(日本のHuluとは別会社)やCBSの「CBS AllAccess」などはApple TVチャンネルに参加し、ともにビジネスをする道を選んだ。だが、ネットフリックスはそれをしていない。
アップルの発表会より。アップル以外の映像配信ビジネスと提携、「チャンネル」として提供する「Apple TVチャンネル」という仕組みを導入する。
アップルは自社プラットフォームの中に、自社のサービスと他社のサービスをまとめ、ひとつの統一的なユーザーインターフェース(UI)で提供する戦略に出ている。専門チャンネルを束ねるようなイメージだ。
一方でネットフリックスは、自分達であらゆるコンテンツを提供するデパート的なサービスを指向している。
ユーザー体験やアプリ開発を指揮する、同社チーフ・プロダクト・オフィサー(CPO)のグレッグ・ピーターズ氏は「コンテンツを支えるのは技術投資」と説明する。同社は2018年に1.2億ドルを技術開発に投資しているが、それは独自のユーザー体験開発のためだ。「自分たちで体験全体を組み立てる」意識が強いため、アップルのやり方とは相容れなかったのだろう。
投資「1兆円以上」の驚き
ネットフリックスでチーフ・プロダクト・オフィサー(CPO)を務めるグレッグ・ピーターズ氏
競争が激しくなる中で、同社は今後もコンテンツ投資への姿勢を維持する。
「ありがたいことにこの20年、弊社は成長を続けている。非常にたくさんの競合に囲まれているが、アマゾンはその中でも大きな競合。彼らは年間50億ドルをコンテンツに投資している。私たちはその倍、投資している状態だ」
ヘイスティングスCEOはそう説明する。
2018年3月、ネットフリックスは150億ドルの収入のうち80億ドル(約9000億円)以上をコンテンツの制作と調達に費やしている。「以上」なので、正確にいくら使ったかは開示されていない。
2019年のコンテンツ投資額も明示はされていないものの、「アマゾンの倍以上」というコメントがあったということは、100億ドル規模を投資すると考えていいだろう。
「私たちは1.4億人を超える契約者を得ており、毎月10ドル程度の額をお支払いいただいている。ということは、だいたい、毎月14億ドルずつ収入がある、ということになる。これは本当に大きな額で、だからこそ、私たちは最高のエンターテインメントを提供しようと多額の投資をしている」(ヘイスティングスCEO)
この「得られた収入を積極的にコンテンツへ回す」戦略は、サブスクリプションを採用する企業に共通の特徴と言える。
アップルも、ゲームや映像のサブスクリプションでは「オリジナルコンテンツ」路線を貫く。要は、自社内の資産にサブスクリプションから得られる収益を加え、それを原資にオリジナルコンテンツを作り続けることで、顧客の契約維持を狙うビジネスモデルである。
「見たことがあるコンテンツの見放題」から「そこでしか見られないコンテンツへの投資」的なビジネスへの転換が、現在のコンテンツ・サブスクリプションにおいては明確になってきている。
多様なコンテンツが「契約継続」のカギ
ネットフリックスのユーザー体験担当バイスプレジデントのトッド・イェリン氏。
一方で、コンテンツ施策の面で、アップルとネットフリックスには明確な違いもある。
「コンテンツの内容は重要だが、あればいいわけではない。多様で質の高いコンテンツを持っていることが重要で、特に“多様である”ということが大切だ」
そう語るのは、ネットフリックスでレコメンデーションやアプリのUXなどを統括するバイスプレジデントであるトッド・イェリン氏だ。
「アメリカでは、英語以外で作られた作品を見る人は非常に少ない。だが、アメリカの外には魅力的な作品は山のようにある。吹き替えを行ない、アメリカ人も興味を持つよう提示することで、ようやく見てもらえるようになる。そもそも、英語をネイティブに話している人々は、世界中でたった5%しかいない。
だから、世界中で支持されるには、吹き替えや字幕には力を入れる必要がある。その結果として、“ネットフリックスには他にないコンテンツがある”と理解してもらえて、サブスクリプションの契約が継続する」(イエリン氏)
ハリウッドスターに頼らないネットフリックス
全世界で、英語が主要言語である人口は5%しかいない。だからネットフリックスは「国際対応」が重要と説明する。
イエリン氏に言われて、はたと気がついたことがある。
ネットフリックスはコンテンツをプロモーションする時に、あまり「どこの国のものか」を強く打ち出さない。スターやセレブリティの存在は重要だが、一部のハリウッド系コンテンツを除くと、いわゆる「スター」ありきの作品は少ないように感じる。
日本でドラマなどをキャスティングする際にも、テレビドラマとは異なり「特定の出演者ありきで企画を立てることはしない」と聞いている。日本で視聴率を稼ぐ俳優でも、海外では知名度がないこともあるからだ。出演者が企画立案の足かせになるなら、そういう選択はしないそうだ。
ネットフリックスは190カ国でサービスを展開中で、コンテンツも非常に多様な国で制作している。レコメンデーションをうまく使い、さまざまな国のコンテンツを利用者に提示する。それはデータ解析の結果、「どの国に住んでいるのか」「性別や年齢はなにか」という情報が、コンテンツの選択に大きな影響を与えていない、という結論を得ているからだ。
解析の責任者であるイェリン氏が語る「多様性こそが重要」という言葉は重い。
「ハリウッド」からのアップル、「世界」へのネットフリックス
Apple TV+オリジナルコンテンツの旗頭になるのは、スティーブン・スピルバーグ監督が指揮して制作するコンテンツになる。
それと比べると、アップルの動画配信「Apple TV+」は、非常にハリウッド的な発表だった。日本人だと、スティーブン・スピルバーグ監督やJ.J.エイブラムズ監督はわかっても、アメリカのテレビ・セレブリティであるジェニファー・アニストンやリース・ウィザースプーン、オプラ・ウィンフリーの登壇にはピンと来ない人がほとんどではなかっただろうか。
ティム・クックCEOと壇上で抱擁を交わすオプラ・ウィンフリー。アメリカでは知らない人のいないセレブリティだが、他国での知名度には疑問も。
アップルが「ハリウッドのコンテンツをアメリカのシステムで世界に届ける」一方で、ネットフリックスは「世界のコンテンツをアメリカのシステムで世界に広げる」モデルになっており、大きな違いを感じる。
とはえ、「世界からのコンテンツ」にこだわるネットフリックスも、初期にはアメリカからのコンテンツが中心だった。そして、世界を意識するがゆえに、各国それぞれでは弱みも生まれる。
日本人にわかりやすい日本のコンテンツ、という意味では、明確に「ローカル最適化路線」を採るアマゾンに遅れをとっているからだ。
日々、存在感を増し続けるサブスクリプションの動画配信ビジネス。しかし、国際化とローカルニーズの関係を紐とく「最適解」はまだ見つかっていないのではないかと、感じられてしょうがない。
(文、写真・西田宗千佳)