Amazonの医療界の野望

IMG_0525高コストで崩壊しつつあるアメリカの医療に一筋の光明が見え始めている。光源はAmazon。先月JPモルガンと(ウォーレンバフェットの)バークシャーハサウェイと3社で「3社の関連企業の社員の医療コスト削減のために協力しあう」と発表した。

ただし、具体的に何をするかは未定とのこと。

世の中は「Amazonが健康保険に進出」とか「Amazonが処方箋事業に進出」などと言っているのだが、私は個人的に「健康保険から医療機関まで垂直統合した大医療サービスを作る」と予想している。

なぜかというと・・・・

1)健康保険会社を始めたくらいでは医療コストの削減はできない

この円グラフはアメリカの医療コストの内訳。 CDC(アメリカ疾病管理予防センター)のデータから作ってみました。青いところが保険会社のコスト。ここだけ効率化してもダメ。処方薬もそれなりに大きいが、やはり病院と医師のコストが最大のポイント。

US_Medical_Cost

なぜ医療現場が高い値段をつけられるかというと、医療保険だけで858もあるという問題がある。

保険会社は医療の買い手である。一般消費者は、医療のユーザーではあるものの、個々の医療行為や薬の値段を交渉する権利はほぼなくて、それは「保険会社 vs 病院や医者」、「保険会社 vs 製薬会社」での交渉事である。そして、その昔マイケルポーターが「5つの力」で言ったように、買い手がたくさんいると交渉力が下がって売り手優位になってしまう。国が医療の値段を決める場合は、何と言っても交渉相手が1つしかないので、買い叩かれても耐えるしかないわけだが。

昔、サンディエゴで行われたとある医療機器のコンファレンスで

「アメリカの医療費が高いのバンザイ」

的なことを壇上の人が言って会場が拍手喝采になったことがあった。なんて腹黒い業界だろうとイヤーな気持ちになった。

それでも10年くらい前までは、保険に入ってさえいればあまり費用の心配なく高度な医療を受けられたのだが、最近は、まともな保険に入っていても自己負担部分がかなりの額になってきている。

しかも、高いだけでなくブラックボックス。健康診断のような、よほど定型化された医療行為以外は、医者も、そもそもそれがカバーされるのか、そしていくら患者の自己負担になるのかなど知らない。医者も多数の保険会社と契約しているので全部理解しきれていないのである。なので、自分で保険会社に電話してあらかじめ確認しないと、忘れた頃に驚くべき金額の請求書がひっそりと郵送されて来る。(というか、確認してもそうなることもある。)

このがんじがらめになった仕組みをなんとかするには、もう保険から処方箋薬販売から医療まで全部自社で行う垂直統合しかないでしょう、と思うんですよね。

先例:カイザー・パーマネンテ

このビジネスモデルには、カリフォルニアのカイザー・パーマネンテという先例がちゃんとある。カイザーは、保険会社と病院がいがみ合うアメリカでは珍しく、保険と医療を垂直統合した組織体。カイザー保健に入ると、基本はカイザー病院でしか医療が受けられないということもあって、かつては安かろう悪かろうで無保険のワーキングプアが頑張って最初に入る医療保険というイメージが強かった。しかし最近は著しく改善し、私の周りでも普通にカイザーを選択している人が多く評判も良い。保険料の方もそれに比例して他の保険並みに上がってきてはいるのだが「明朗会計」なのがポイント。他の病院だと、ちょっとした医療行為で数百ドル、数千ドルという追加請求が来ることが多くなって、医療を受ける方も(金銭的に)真剣勝負なのだが、カイザーならそんなことはない。

余談ながら「ちょっとした医療行為」の例。うちのダンナはアレルギー体質なのだが、年に一回の健康診断(ほぼ無料)で、主治医が

「で、最近アレルギーの調子はどう?」

と聞くので

「大丈夫」

と答えたら、

「一般健康診断外のスペシャル・コンサルテーション」

という名目で2〜300ドルの請求書が来た(そして払った)。

翌年から医者が「最近アレルギーの・・」と言いかけたところで「アレルギーのことは絶対聞かないように。ログも残すな。問題あれば自分から聞く」と遮ることにしたそうな。

しかしそんなのは可愛いもので、軽い気持ちで尿検査を受けたら200万円近い請求がきた、というケースもある。恐ろしすぎる。

というわけで、「明朗会計」はとても素晴らしいのである。

お膝元カリフォルニアでは住民の20%がカイザーの被保険者だ。それ以外にも約10州でサービスを提供しており、トータルの被保険者数は1180万人。2017年の売り上げは727億ドル(約8兆円)、純利益は38億ドル(4000億円超)。39病院、680診療所、医師22,000人、看護師6万人弱、その他従業員21万人という、押しも押されぬ大企業である。(出典

そのカイザーのスタートはというと、1930年代に建設会社のカイザーが、他の複数の建設会社とコンソーシアムを組んで労災対策のために病院と契約したのが始まり・・・・・って、おお、それはAmazonとJPモルガンとバークシャーハサウェイが社員の医療費削減のために結束したのと似ているではありませんか。

2) Amazonは自分たちが使うものをものすごく良いものにして、良くなったところで世の中に製品として出して成功して来た(AWSやサードパーティーのベンダー向けサービスなど)

医療も、「自分たちの社員向けに良いサービスができた」となれば当然その他の一般消費者にも提供するのではなかろうか。

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さらに、医療関係の興味深いケースとしてインターマウンテン・ヘルスケアという病院が、なんと製薬事業に進出する。薬価がどんどん上がり、患者のケアに支障が出始めているためとしている。この辺りもひどい話がたくさんあって、代替薬がないとある薬の価格を56倍にして問題になったマーティン・シュクレリなどはそのいいケースだが、それ以外にもこの手の話はたくさんあり、上場企業が大々的にやっている場合もある。そこで病院が製薬に進出するというのである。

で、その、インターマウンテンのCEOがインタビューで「Amazon ともいろいろ話をしている」と答えていた。おお、すわ買収か、、、と耳がダンボになってしまったのだが、この病院、ユタ州なのでちょっとシアトルから遠い。

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インターマウンテンの話は置いておいても、10年スパンで見たら「医療保険を開始、さらに心ある病院を買収してそれを核にサービスを広げてカイザー2を目指す」というのが私が考えるAmazonの医療事業の将来像である。

それで本家カイザーと競い合ってより良い医療を低価格で全国民に提供するようになる、という日が早く来るよう消費者として心から祈っている。

ちなみにAmazonは昨日、貧困層向け公的保健のMedicaid被保険者に対し、プライム会費の割引を発表した。通常月あたり$12.99のところ、Medicaidに入っている人は$5.99になる。Medicaidはボトム20%の層をカバーしており、これまでAmazonとは縁遠かった客層だが、ついにWalmartと正面から戦うのであろうか。(しかしスラムにデリバリーする人が命がけにならないのか心配)。「広く消費者に医療を提供する」という、(私が独断で決めた)Amazonの目標からすると、5650億ドル(60兆円)のMedicaid層は難しいながらに巨大な市場でもある。あと、この層は不健康で高コストな人も多いので、医療費削減のしがいがある、というのもある。

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とにかく、もうアレクサ(エコー)に笑われてもいいので、ダメな政府に変わってAmazonにアメリカの医療をよくしてほしい今日この頃なのであります。

 

 

 

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